47.本当は
「買い物行って来るー」
「行ってらっしゃーい」
「行ってらっしゃい」
焔、晶の声を背に俺は家を出る。舞さんが料理を作ってくれるが、弁当や昼食は自分で作ることに決めているからだ。
パズズを頭に乗せ、蒼を背中に吊るし、いざ商店街へ!
「もう何も言わないんだねお兄ちゃん」
正直、もう慣れました。
・・・
・・
・
「そして今日も絶好調ですねお兄ちゃん」
「…うっせ」
普段通り周りの不幸に首を突っ込みながら、命がいくつあっても足りない道を進んでいた。
「なー」
パズズは呆れてるっぽい。
そんな事もありながら、なんとか商店街に着いたのだった。
「おう!紅の坊主!いい魚あるぜ!」
「なんだいなんだい!可愛い嬢ちゃんを連れてるじゃないかい!娘かい?」
「はい!そうで」
「ちげえよ!ぶん殴るぞハゲ!こいつは妹だ!蒼もノッてんじゃねえ!」
『まあまあ』
商店街のみんなとは一ヶ月程の付き合いでしか無いが、みんなフレンドリーで最初からここにいたような錯覚を覚える。とても居心地のいい場所だ。
「なー」
パズズは俺の頭から降りると、魚屋へ直行する。
「あらパズズちゃん。今日もいいお魚あるわよー」
「なー」
…味覚は十分猫のままのようだ。
「そういえばさー、蒼」
「何ですかお兄さ…ちゃん」
「お兄様言おうとしたな?…まあいい「じゃあ今度からお兄様と!」それは却下」
…油断も隙もありゃしねえ。
「背中って焔が自分の特等席どうのって言ってたんだが、怒られなかったよな?」
「ほむ…泥棒猫の方が良かったのですか?」
「言い直すな合ってるから。喋り方も昔に戻ってきてるぞ。…ただ何となく違和感が」
背中にいるのはいつも焔だったからな。変な感じがする。
「なるほど。怒られないのは許可をもらったからだよ」
「っ!?お前が…焔から許可を…!?」
「驚き過ぎだよお兄ちゃん。だって許可もらわなきゃ次は抑えられな…もっとうるさそうじゃん」
何が抑えられないのか疑問に感じたが、俺の本能が“聞くな!”と叫んでいるためスルーする事にした。
「にしても、よく許可したな」
「じっくり話したからね」
うんうん。蒼も成長したんだな。
「…本当はお兄ちゃんの風呂に入ってる写真を条件に出したけど、最後まで渋ってたし、結局最後は交渉だったから嘘は言ってないよね」
…聞こえない。俺は何も聞こえない。わざとかどうかは知らないが、今俺の脳内に流れてきた情報は全部フェイクだ。写真がどうかなんて聞こえない。
「…聞こえない。…聞こえない。…聞こえない。…聞こえない」
「お兄ちゃん。目が死んでるよ」
「はっ!?」
意識が飛んでた!
「ふふっ、お兄ちゃん可愛いなー」
「眼科か脳外科に行くことをオススメする」
こいつは、全く。
「それよりお兄ちゃん」
「何だ」
「焔のこと、どうするの」
「………」
こいつは真面目な話をする時、ふざけた事は言わない。何だって、元々は凄く冷たい、一切の感情をそぎ落としたような性格だからだ。だというのに、俺の事になると簡単に頭に血が上る。そんな奴だ。
そんな蒼が焔の名前を言った。何時ものような泥棒猫では無く、焔、と。
「焔だけじゃ無い。お兄ちゃんには魅力あるもん」
「無えよ、んなもん」
「あるよ。それこそ漫画の主人公みたいに一発で魅了するようなものじゃ無いけど、長くいればいるほど、本人も気づかない内にお兄ちゃんの事を好きになるの。それに、お兄ちゃんは人が困ってるのを無視できない。だから長く一緒にいれば相手が困ってるのを見つけて、お兄ちゃんは助ける。そうすれば好感度だって上がる。輝雪と九陰だっけ?あの二人だって、きっと近いうちにお兄ちゃんの事を好きになるよ。明日かもしれない」
「………」
その蒼の言葉は不思議な力があった。
俺自身の意思は関係無い。最初から決まっている事なのだと。そう思わせる力が。
「私ね、お兄ちゃんの事は大好き。誰よりもずっと、誰よりも近くにいたから、世界で私よりお兄ちゃんを愛してる人はいないって断言できる。でも、私だって理解できてる。私たちは兄妹。想いは絶対届かない。だから彼女作ったって文句は言わない」
…こいつ風呂の時私も一緒に住むとか言ってたよな。
「そしてお兄ちゃんのことは凄く大事。お兄ちゃんのためなら世界全てを敵にしたっていい」
「俺のために世界の味方でいてくれ」
「りょーかい。で、何が言いたいかって言うと、お兄ちゃんには未来を見てもらいたいの」
「…何が言いたい」
「お兄ちゃんは過去に囚われてる。“あの子”の死のおかげで。忘れろとは言わないけど、今のお兄ちゃんは見てて苦しい。無意識のういに人と距離をとってる。焔の気持ちだって本当は」
「蒼、黙れ」
自分のものとは思えないぐらい、俺の声は敵意に満ちていた。自分の妹に、本気の敵意を向けた。
「…俺のせいだろ。あいつが死んだのは。あれだけの事があって、変わるなと言う方が無理な話だ」
「わかってる。ゆっくりでもいいから、いつかはって思ってる」
「勝手に言ってろ」
そう言うと、蒼は背中から降りてどこかへ行ってしまった。
「…買い物済ますか」
人と距離をとってる、か。痛いとこを突くな。
けど、俺はこの罪を一生抱えて生きなければならない。
全て、俺が招いた責任だから。
「……陽桜 由姫」
俺はそっと、昔俺と焔と晶と蒼と共にいた、今は無き友人の名前を呟いた。
その名は溶けるように空気へと霧散していった。
蒼side
「泥棒猫。私はやり方を変えない」
『わかってる』
今回お兄ちゃんと話して決意した。その意思を伝えるために私は焔:泥棒猫に電話した。
「私はあんたのような“荒療治”は認めない」
『ゆっくり克服させる。でも、それじゃ遅過ぎる』
「あんたの都合でしょ」
『しょうがないでしょ。この気持ちは止められない。付き合うにしても、フラれるにしても、紅は気づかない。気付こうとしない。歩み寄ってくれない。だから』
「だからアパートで家族や幼馴染以外の、事情を知らない人たちを使って、紅に近づけ無理矢理克服させる。たしかに、輝雪はバンバン近付いてるけど、あれがいいとは思えない」
『大丈夫。紅はあの人たちと一緒にいればきっという方向に転がる。気付いてるんでしょ?紅が巻き込まれてること』
「あんた、まさか知ってるの?」
『事情だけだよ。何をやってるかは知らない』
「…命に関わるかもしれないのよ」
『紅が自分で決めた事なら、止める理由は無い』
「…私は、私のやり方を貫く」
『うん。でも紅は絶対に曲げないよ。アプローチの仕方を変えた方がいいかもしれないよ』
「まずやってみる。これは私のモットーよ」
『初耳だよ』
「初めて言ったもん」
『…あっそ。じゃあ、あなたはあなたの方法を頑張ってね』
「はいはい。それじゃ」
電話を切る。
「…お兄ちゃん」
やっぱりお兄ちゃんに無理はさせれない。今も引きずってるのに、これ以上抱え込ませるわけにはいかない。
…私は、私のやり方でお兄ちゃんを守る。




