246.何でもありで御都合主義の神様⑤
「……意外と残酷な事を言うんだね」
「例え残酷な事を言おうとも、お前に死んでもらいたくはない」
「何で……そこまで……」
紅紅が僕に何故そこまで死んで欲しくないのか、全然わからない。
もう怒りさえ湧いてこなかった。
「……お前には責任がある。だからこそ、お前が簡単に死ぬことは許されない」
責任なんて考えた事もなかった。
ずっとずっと自分の事ばかりで、他を考える暇なんて……いや、あった。あったけど、思考から除外していたんだ。
「でも、どうやって生きろって言うんだ。僕は、もう何を支えに生きたらいいのかわからないんだ」
陽桜由姫が目の前で溶けたあの日から、僕は生きる意味を失った。
僕は俯き、思考を放棄する。
……二度と聞くことは無いと思っていた声がかかる。
「久しぶりマキナ」
「……月島、雪音」
「うん。紅に私の不死性を九割譲渡したおかげで、奇跡的に心の中に住んでるわ」
「……僕が憎いか」
「まあね」
「……だろうね」
僕は何を聞いているんだ。憎い訳が無い。僕は月島雪音の運命を操り、強制的な死を与えたんだ。紅がおかしいだけで、僕を憎いと思わないわけがない。
「でも、だからこそ簡単に死ぬのは許さない」
だけど、次にかけられた言葉は僕の望む言葉では無かった。
「……どいつも、こいつも! なんで! 僕の思い通りに動かないんだ! 僕を殺せよ! 僕は」
僕は、陽桜由姫が死んだあの日から空っぽだ。
意味を与えられて生まれた。だけどその意味は、僕自身の手で失われた。初めて出会った少女一人救えず、研究所にウィルスまで持ち込み、残されたのは力のみ。
何らかのセーフティが働いたのか、自分じゃ自分を殺せない。それでも死ぬ方法が無いわけでは無かった。だが、自殺という方法だけは嫌だった。
そうすると、僕を生んだ研究者や、陽桜由姫という一人の死が意味の無いものになりそうだったから。彼らの死に、何らかの意味を持たせたかったから。
だからこそ、僕は僕の都合でこの物語を作った。だけど、物語は最後の最後で崩壊を始めていた。
何が何でもありで御都合主義の神様だ。何一つ思い通りにいっていない。
「マキナくん」
だというのに、まだ僕に声をかけるのか。
……陽桜由姫。この世界における陽桜由姫。
「私は、魔狩りとかそういうにはよくわからない。だけど、命っていうのはそう簡単に手放していいものじゃないと思う」
やめろ。
その声で僕に喋らないでくれ。
「殺人鬼とかにも同じ言葉をかけるのか、て言ったら多分無理。大事な人を殺されたら憎むと思う。それでも、やっぱり簡単に死んじゃうのは嫌だ。だって、死ぬことはもう個人の問題じゃないもの。君が死んだら君のために戦った人たちの死が無駄になる。君が死んだら魔狩りのせいで大切な人が死んだ人たちが何を憎めばいいかわからなくなる。……紅を生かすために自分の命を投げ捨てた私だけど、だからこそ言えるっていうか、だから、君が何に苦しんで、どう思って死にたいのかはわからない。だけど、やっぱり死にたいとは思わないでほしい。……お願いだから」
何で君たちはこんなにも僕を生かそうとするの。こんな空っぽの器を残そうとするの。優しい言葉をかけるの。
僕には何もないのに。
何も……ない。
「マキナ。お前、泣いて」
「え?」
目元を触ると、そこはたしかに湿っていた。
僕は……泣いているの?
「……これで二度目」
マキナ・セカンドを壊し、研究所を壊し、全てを壊すと決めたあの日。全てが始まったあの日以来の涙。
あの時は何故自分が泣いているのかは分からなかった。今も分からない。
だけど、どうしてこんなに満たされているんだろう。
僕は満たされちゃいけないのに。僕は……僕は…………。
「もう、全て終わった」
「……まだだ。まだ終わっていない。ここで君たちを殺せば、またループ出来る」
「お前にはもうそれを行うだけの力も、そして意思も無い。もう終わったんだ」
「終わっていない! 終わらせない! 終わりを告げるのは僕の役目だ!」
「もう無理すんなよ!」
「無理だってするさ!」
僕に幸福があっていいはずが無いんだ。
僕は不幸じゃなきゃいけないんだ。
僕は
「お前の重みは俺も背負うから」
体が熱に包まれる。
「俺がどれだけ背負えるか知らねえけど、俺が近くにいてやっから。だから、もうこれで終わりだ」
「……どうして僕に優しくするのさ。僕は、君には何もやっていない」
「俺は魔狩りのおかげで前を向けたから。結構感謝してんだぜ。アパートの住人たちにも会えた。パズズに月島ともだ。烈の野郎とも溝はまあ埋まった。憎いと、殺したいと思った日もあった。ていうか、今だって憎いと思う気持ちは少なからずある。でも、お前が空っぽに見えて、ただどうにかしてやりたいって思った」
「……君はとんでもないお人好しだ」
「そうかもな」
「ついでにバカだ」
「否定は出来ねえ」
「でも……それに助けられた人もいっぱいいるのかもね。僕も、そう」
「そりゃ良かった」
__不明なプログラムをデリートしました。
その時、今まで僕の中に溜め込まれた様々な思いが爆発した。
感情の爆発は涙となって、僕はただ泣き続けたその間は紅紅はずっと僕を抱きしめてくれた。
どこまでも都合のいい終わり方だと思う。
だから、僕はこの終わり方を無駄にしてはいけないんだ。
一つの物語が終わり、また物語が始まる。
何でもありで御都合主義の神様が作った劇はこうして幕を閉じた。




