240.殴打
__どうしてあなただけが“普通”なの。
__どうして私だけがおかしいの。
__どうして。
__どうして。
__どうして……
「これはつまり、「あんただけ幸せ手に入れるなんて羨ま死ね!」という解釈でいいのかしら」
『いいんじゃない?』
はぁぁ、と長く息を吐く。
私は歩いてユッキーへと近づく。
__どうして。
__どうして。
__どうして。
そして
「とっとと出しなさいっつーの!!!」
殴った。
__ぎゃふっ!?
「え? あれ喋んの?」
『ただの悲鳴の気もするけど』
「え。だってこういうのって殴られても無反応が普通なんじゃないの」
『言わんとすることはわかる』
__なにするの!
「うん喋った」
『あれ喋れるのね』
強靭過ぎるユッキーの精神に呆れるべきか感嘆すべきか。
__いきなり殴るってどういう神経してるの!
「うっさい! あんたに言われたくない言葉No.1の言葉よそれは! あんたなんか出会い頭に飛び蹴りやらナイフ投げやらいろいろやってくれやがって! 殺すわよ!」
まあ今はそんなことは置いといて。
ここから出るために必要だと思われることは、多分ユッキー自身が私たちを外に出したいと思うこと。
対話出来るなら、とことん語り尽くしてやる。そして説得。
__うるさい! 私だって普通が良かったのに、それを周りが許さなかった!!!
突如、背景にまたもスクリーンが現れる。
『どうしてこんなことも出来ないの』
『どうしてこんな簡単な事も理解出来ないの』
『出来損ない』
『落ちこぼれ』
『うちにお前のような奴はいらない』
『いらない』
『いらない』
『いらない』
『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』『いらない』
「もういい!」
聞いてるだけで気分が悪くなる。わたしの知らない、知ろうとしなかった“白坂雪音”の人物の裏側。
__もう誰も私のことを見てくれない。
__もう誰も信じられない。
__普通さえわからない。
だけど、これだけは言える。
「少し黙れ」
__え。
「私はあんたの事が大嫌い。いつだってあんたから逃げたかった。死ねばいいとさえ思っている。今だってそう。だって……あんたは私の欲しかったもの全部持ってたから」
__なに……それ。そんなの知らない。
「友達がいた。常に人だかりやらお祝いやら騒ぎの中心だった。周りの人を笑顔にしていた。綺麗で可愛くて、誰もが羨む美貌を持っていた。成績優秀で人当たりも良くて、私が持ってないものを全部持っていた」
友達なんていなかった。
人だかりやらお祝いやら騒ぎはいつも輪の外から眺めていた。
私も可愛い自負はあるけど、ユッキーにだけは勝てる気がしなかった。
成績だっていつも負けて、私が人と接する時はそれは大抵打算による行動だった。
__そんなの! 私が適当に周りを騙くらかして
「例え紛い物でもよ! 私はそれが羨ましかった! 私と“同じ”くせに、どうしてそんなに“光”であり続けるのか、不思議でならなかった! 羨ましくて、というか羨ま死ね! って毎日思ってたわ!」
本音。
偽らざる本音。
本当、彼女と私で何が違うのか。
「というか普通ってなによ! どの普通よ! 剣と魔法の世界の普通? 世紀末の普通? ジュラ紀? 特撮? ロボット? 俺TUEEE? どの世界のどの普通があんたにとっての“普通”なのよ! 言ってみろ!」
__……!
「どうせ普通普通って言って周りと同じことやりたかっただけでしょ! だったらそうすればいいじゃない! あんたならそれが出来たでしょうが!」
__そんなの恥ずかしくて出来ない!
「いきなりキャラ崩壊してんじゃねええ!」
殴った。
思い切り殴った。
「いい! あんたのこの物語における立ち位置は“過去にいろいろあって狂いに狂ったサイコパス少女”よ! それがいきなりまともになってんじゃないわよ!」
__私だって普通に生まれたかった。普通に普通に普通に
「あ、うん。それもうどうでもいいからここから出してくんない?」
__!?
「“まともな白坂雪音”なんか需要無いから。豆粒程も。死にたいなら一人で勝手に死ね。そして周りを巻き込むな。以上終わり! 帰せ! さあ帰せ!」
普通を望み、普通になった奴ほどつまらないものはない。
本当につまらない。面白味の一つも無い。
__……いや。
「こんなとこに用は無いのよ私は」
__嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!
__絶対に嫌あああああああああああああああ!!!
「ま、そうよね」
こういう感情は理屈じゃないから。
合理性なんてないから。
だから、
「どっせええええええええい!!」
__げふっ!?
今こそあの名言を使う時!
「君が!」
__ぐふっ!
「消えるまで!」
__がはっ!
「ボコるのをやめない!」
ガスガスガスガス……と鈍い音が延々と響き渡る。
今までの鬱憤を全部ここで晴らすかのごとく、とにかく殴って殴って殴りまくる。
もう誰も私の暴力について来れない!
__ちょっ、まじで、やめ
「消えろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ガスガスガスガス
__ほんと、おね、がい
ガスガスガスガスガスガスガスガス
__やめてえええええ!
「うおお!」
こいつ、私の拳を。出来る。
__はぁ、はぁ。今まで見たことないよこんな輝雪ちゃん。
「じゃあ、多分これが本来の私ね」
だとしたら、なんか素っ気ないものだ。
今まで探してきた自分がこんなにもあっさり見つかるなんて。
__あーあ。なんか馬鹿らしくなっちゃった。
「なら戻しなさいよ」
__……わかったよ。
ユッキーがそうつぶやいた瞬間、世界に光が差し込む。
__輝雪ちゃん。
「なによ」
__私は輝雪ちゃんのこと大好きだったわよ。
「そう。私はあんたの事が大嫌い。世界で一番嫌い」
__酷いなー。
当然だ。
この程度で簡単に心変わりなどしない。
……あ、そうだ。
「ねえユッキー。消えるのよね」
__うん。これでさよならだね。
「そうね」
__なんか別れの挨拶なんかあれば
「ユッキー」
私は意味深に呟き、ユッキーの近くに立つ。
__……輝雪ちゃん。
そしてユッキーも空気を読んで目の前に立つ。
世界が徐々に光で溢れ、崩壊を始めて行く。
ゴゴゴ……と世界が揺れる。
私は微笑み、そして
「最後にもう一発!」
__そげぶっ!
世界が壊れた。




