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239.白の心

「……どこよここ」


 私はあの激戦のあと、変な空間にいた。

 三百六十度全方位全てが真っ暗。地面とか空とか重力とかそんなものが全て曖昧になったような世界。


「……クロ。いる」


『ここに』


 良かった。クロはいた。一人だったら泣き喚いてたかもしれない。


「だったらさっさとこっから出たいけど……クロ。ここどこかわかる」


『ごめん。さっぱり』


「よねー」


 困った。

 場所がわからないなら出る方法も思いつかない。

 助かるのは自分の姿ははっきり見えるということ。ぼんやりと自分だけがこの暗闇の中で光ってるかのようにはっきり見える。もし、自分の姿が見えなかったら不安で押しつぶされたかもしれない。


「……影使える?」


『むーり』


「歩いてるんだけど進んでる感覚が無い」


『ここにまず地面あんの?』


「ギブ」


『早い』


 いやだってもう無理。何もわからないし。


「まあ、たぶんユッキー繋がりだけど……」


『あの針に刺されたらここ、だもんね』


 あの核のような何かから出た針に刺されたらこの場所にいた。

 転移か吸収か。はてさて……。


 __なんで。


「ん? 何か聞こえる」


『これは……白坂雪音の声?』


 __なんで私だけなんだろう。


 __なんで私だけ違うんだろう。


 __なんで私だけ特別なんだろう。


 __なんで。なんで。なんで……。


 これ……あの子の本音?

 その時、目の前にぼんやりと映像が映った。

 その映像は__私との出会い。

 周りの真っ暗な景色が瞬間色鮮やかになる。


 __私と同じ。


 __私と同じ子。


 __瞳の奥に闇がある。他とは違う事情を抱えている。そして私と同じタイプ。


 __楽しそうだな。


 __この子となら、他の子達がやってる“普通”が出来るかもしれない。


 __競い合って


 __話し合って


 __笑いあって


 __普通の日々を暮らせるのかな。


 映像は次々と切り替わって行く。

 懐かしい黒歴史だ。私がユッキーから逃れるためにバカな男子どもを生贄にしたりユッキーと腹の探り合いしたり表面上で笑いあったり……。

 そう、私にとってユッキーとやってきたのは闘争だった。だけど、あの子にとっては……


「あれが“普通”だったんだ。あの子にとっては」


『輝雪が本心ではいろいろ真っ黒なことばっか考えてる時に、この子はこの時間を楽しんでたのね。騙し合いこそがこの子にとってのカラオケとかそういうことかしら』


「えー……」


 改めてこの子の異常性がわかってしまった。

 だが問題なのは……


 __あの子も楽しいかな。


 __あの子も同じ気持ちかな。


 __そうだったら嬉しいな。


 ユッキーが私も自分と同じ気持ちだと、つまりはあの状況を“楽しんでいた”と、そう思っていたことだ。


「勘違いにも程があるわ!」


 思わず叫んだ。

 だけどこの空間は不気味なくらいに響かない。私の声はすぐに闇の中へ溶けて行く。


「……とりあえずここがどこかはっきりしたわね。十中八九私たちは取り込まれて、そして多分あの核の中……もっと言えば白坂雪音の心の中」


『なに? 鬼化する人の精神ってこんななの?』


「それは紅くんにもじっくり聞いてみなきゃわからないけど……」


『でも、じゃあここから出るにはどうすれば』


「ユッキーの心の中なら最悪ここに私たちを閉じ込めて永遠を過ごそうとしても違和感は無いわね」


『……絶望的じゃない』


「絶望的よねぇ……。でも、こういう時ってだいたい……」


 目の前にあった映像が閉じる。

 そして、映像のあった場所の空間が歪む。

 それは徐々に形をなし、そして一人の人物が現れた。


「本人が現れるもんよね」


 彼女は今までに見たことのない虚ろな顔で、ただ一言呟いた。


 __どうして。

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