230.命果てるまで
足りない。
「うわあああ!? 何だこいつ!」
「新種の魔獣か!?」
全然足りない。
「何だこいつ!?」
「猫が吸い取られてるぞ!」
足りないタリナイ。
「ひぃぃぃぃ!」
「おい! 背を向けたら」
タリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイ……。
「ぎゃあああああああああ!」
「攻撃が効かねえよぉ!?」
「……もっと、もっとチョーダイ」
渇く。心が渇く。
力を吸い取るのは楽しい。強くなるのを実感するのは嬉しい。心が満たされる。
だけど、すぐ渇く。
渇いて渇いて、気が狂いそう。
血を見ると全身が沸騰するような興奮を覚える。
恐怖に歪んだ表情を見ると自然と頬が緩んでしまう。
死を目の当たりにすると途方もない愛おしさを感じる。
だけど、すぐに心が渇く。
「……アハッ」
思い出す。
少し前の輝雪ちゃんとクズヤとの戦闘を。
人生であそこまで心踊ったのは初めてだったかもしれない。
生か死の瀬戸際。次の瞬間には散ってしまうかもしれない命を燃やし、たがいに互いの全力を、死力出し尽くす。生きている、と実感できる時間だ。
こいつらとの戦いじゃタリナイ。
心が渇く。
もっともっと潤いが欲しい。
生きている、という潤いが……!
「うわああああああ!」
絶叫しながらこっちに大剣を構えて突っ込んでくる若い魔狩り。
その表情は恐怖を感じながらも、決して引かない決意も見える。
生きている輝きだ。
私は右手の真っ黒に染まった天羽々斬を振り上げ、下ろす。
「がっ!」
斬撃は魔狩りの大剣を容易く砕き、魔狩りを地に伏せる。
この程度じゃ渇きは消えない。
私は左手を伸ばし、相手の能力を奪おうと
「限界突破・閃」
何かが高速で私と魔狩りとの間を横切り、左手を切り落とした。
「誰ダ!」
咄嗟にそう叫ぶ。
だが、答えは無数の斬撃だった。
まるで複数人を同時に相手してるかのような錯覚に陥るほど、殆どラグ無しで全く別の方向から斬撃が飛んでくる。いや、突っ込んでくる。
だけど、この程度じゃ私は止められない。
すぐに“慣れた”私は右手を次の斬撃が来る方向に向けて振るう。
当たる! と確信した。だが、確信した刃は相手に届かない。
私に無謀にも挑んできた存在はかなり小柄だ。それでいて今の私が闇だとしたら目の前の存在は黒。純粋な黒だ。その黒い存在は地面に短刀を刺し、強引なブレーキとして使うことで私の攻撃を避けた。
「限界突破・剛」
爆発したと思った。
そのぐらいの衝撃が私を襲う。
地面を何回もバウンドし、意識が一瞬飛ぶ。
「逃げて」
「は、はい!」
声を聞いて初めて私をぶっ飛ばした存在が女性だと認識する。そして女性は魔狩りに逃げるように促す。
だが、そんなものはすでに意識の外だ。
来た。来た来たキタ!
これだ。私が待っていたのは、これだ。
対等に“命”を賭けて戦える存在。
「アハッ。アハハハハハハハッ。アハアハハッ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ………………」
また、また戦える。
殺し合える。
命を削り合える。
「鬼化……紅ともお姉ちゃんとも毛色が違う」
さあ、立って私。
目の前の少女と殺り合おう。
その命果てるまで。
昇り詰めよう。
「……斬る」




