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223.キザキキセツ③

 風。

 思い出した。紅くんとの約束。


『“過去だけを見て歩くのはもうやめよう”』


 そうだ。やめたんだ。

 だったら……


『前を見ろ! 輝雪!』


 こんなところで立ち止まってたら、私の好きな人たちに笑われちゃう!


「お兄ちゃん!」


 叫ぶ。

 お兄ちゃんの顔は遠くからでも見えた。

 勇気が湧いてくる。


「え?」


「どけこのドSヤンデレ腐れ女ー!」


「あ、今新しい大陸が開拓できそ……きゃっ!」


 “影”を刃にし地面から数本を生やす。


「なっ!? 装備は解除されてるはずなのに!」


「クロ!」


『ほいさっ!』


 私が呼びかけると、弾かれたはずの刀が飛んで帰ってくる。


『……たく。心配かけんじゃないわよ』


「はいはい」


 装備は解除されてるはずなのに、力が溢れてくる。

 今までとは天と地だ。


「……なん、で。そんな目に」


 白坂雪音はすぐに起き上がり、私の顔を覗き込むと、途端落胆したかのような声を出す。


「なんでそんな希望に満ち溢れた目になってるの!?」


「知らないわよそんなの」


「そんなの私の好きな輝雪ちゃんじゃない!」


「何それ超嬉しい」


 私の人生の中で何気に一番嬉しい言葉だった。


「何でよ! やっとか“同じ人”に会えたと思ったのに! 何で輝雪ちゃんまで“普通”になっちゃうのよ!」


「………………」


 ああ、そうか。

 この子は“仲間”を求めてたんだ。

 多分、過去の私たちのように周りと自分とのギャップに耐えきれなかった可哀想な子。しかも、私には使命があったからいい。でも、この子には……何も無い。


「……ユッキー」


「っ! ……輝雪ちゃん」


 はっ、としたような顔でこっちを見る。

 私はそれを微笑みで返し、腕を広げる。


「ユッキー」


「輝雪、ちゃん。輝雪ちゃーん!」


 涙を浮かべてこちらへ走ってくるユッキー。

 それに対し、私は“氣”を右腕に集中させ、強く、強く握る。


「え?」


 ユッキーは私の右手を見て、一瞬引きつったような笑みを見せるが、私は問答無用で右足で地を蹴り、左足で踏み込み、


「不愉快!」


「ごふぉっ!?」


 全身全霊のパンチ!


「な、なぜ……」


「ええい! 黙れ! あんたのわがままのせいで私がどれだけ酷い目に会ったと思ってるの!」


「それは輝雪ちゃんが必死に無駄な抵抗をするザマが微笑ましくてつい!」


「言い方に悪意があるわ!」


「輝雪ちゃんなんかもう嫌い! プン!」


「わーありがとう!」


 今世紀最大の喜び!!

 この子は私をこんなに喜ばせて何をしたいのだろう。


「こ、こうなったら最終手段!」


 その言葉を聞き、影の刃を走らせた。


「っ!」


 流石の反応で避けられたか。

 まあ、これは牽制だからいいけどね。


「真面目な話。これ以上続けるなら殺すわ。あなたにはこれっぽっちもプラスの感情が無いの。逆に、マイナスの感情はたくさんあるし、何よりあなたの存在は脅威になる。今すぐ帰って二度と私に会わないってんなら見逃すわ」


「………………」


 私の言葉に目を見開き、そして俯く。その一連の流れるような動きを見れば、見る者はユッキーが落ち込んだように見えるだろう。

 でも、まさかこの私と三年間中学で学校を舞台にした“戦争”をし続けてきた者が、この程度で落ち込むわけがない。

 私は皮肉気に笑う。


「お上手な演技。それでいったい幾人もの人間を手駒にしたのかしら」


「……は、ははは。流石に騙せないか」


「当たり前。というか何よさっきの茶番。ふざけてんの?」


「輝雪ちゃんの目が透き通るように綺麗になって落胆してるのは本当だよ? 輝雪ちゃんもあの茶番はなに」


「私はあなたが私を嫌ってくれたことにテンションが上がってただけだけど」


「えー。輝雪ちゃんひどーい」


「ぶりっ子きもーい」


「しょうがないじゃない。“わかるでしょ”?」


 わからないわけがない。

 演技をし過ぎて、自分が“自分”であることの方が少なくなって、いつの間にか仮面の奥は空っぽ。

 そのことに気付いた時、思うの。本当の私はどこだろう。本当の私はどんな人だろう。でも、それを強く思えば思うほど、本当の私だったはずの人格は何処かに消える。一生仮面を被り続ける事になる人生。

 きっとユッキーもそうなのだ。

 まあ、だが。


「わかるわよ。殺すことに変わりないけど」


「そういうはっきりした所は好きだよ」


「気持ち悪い。反吐が出るわ」


「ねえ。本当に私を殺すの?」


 何かを訴えかけるような目で見つめてくる。

 ……。


「殺す」


 何の問題も無いわね。


「頑なだよー」


「知るか。さっさと死ね」


「それ学校で言うとイジメだからね」


「主犯だった奴が何を……」


「それのそうだ」


 笑った。明るい笑顔だ。

 だけど、軽い。

 仮面をはっつけたような笑顔。


「しょうがないなー。殺されちゃうんだったら、抵抗するのが“普通”だよね?」


「……そうね。奥の手でも出すのが“普通”なんじゃない?」


「そっかー。なら……ボス戦と行こうよ」


「急展開過ぎてふっときながらついていけない……」


 ユッキーは自分のエクス・ギアを取り出す。


「何を」


「“鬼化”」


「っ!」


 闇が溢れる。


「あははははは! 何これ凄い! いっぱいいっぱい力が溢れてくるよ!」


「あんた……」


「ああ、大丈夫。私イカレてるから。正気が保てるの」


 ユッキーは指を合わせ、儚げな雰囲気を出す。それは告白前の女の子みたいだった。……闇さえ溢れてなければの話だけど。


「見て見て輝雪ちゃん。今度はそっちが奥の手を見せる番だよ」


「残念ながら私に奥の手も何も無いわ。だけど、一つだけ初期設定を教えてあげる」


「初期設定?」


「そう。初期設定。私の名前についてね」


 鬼化された時は驚いた。でも同時に少し笑ってしまった。

 “私の敵にちょうどいい”。


「鬼を裂き鬼を切る。鬼裂(キザキ)鬼切(キセツ)。あなたが鬼なら、私に負ける要素は無い」


 こいつとの因縁をここで終わらせる。

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