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217.マキナ③

「ねえ。何でヒトがいないの?」


「なに?」


 僕は研究所に戻り、外に出た事をバレないように気をつけながら聞く。


「お前……まさか外に」


「違うよ。ほら、君って僕が生まれてからずっと担当でしょ? 実験の時も顔ぶれが殆ど変わらないし。自分で言うのも何だけど、僕の実験ってかなり凄いことだよね。それなのにそれに携わるヒトがこんなに少ないのは何でだろうって思っただけさ」


 予め考えていた言い訳を言っておく。能力の中には精神を安定させるのもあるので存分に使っておく。


「……まあ、教えてもいいか。簡潔に言えば“分解されたんだ”」


 僕がそう言うと研究員は特に隠そうとせず教えてくれた。変に勘ぐられて逃げられた時のリスクを考えたのだろう。まあすでに外には出てるし、由姫ちゃんいるからこれからも出るけど。

 それよりも“分解された”? どういうことだろう。


「分解されたって、燃やされたとかそういうこと?」


「違う。新種のウィルスだ」


 もういいだろ、とどこか投げやりな態度でどこかへ歩いて行く研究員。

 ……ウィルス、ね。


「……じゃあ、あの子の周りのヒトたちは別にどっかに行っちゃったり、殺されたりしたとかじゃなくて……文字通り、消えていなくなっちゃったのか」


 僕はこの事実をどう告げようか迷いながら、次の日を待つことになる。

 憂鬱な気分を残しながら僕は上手い言い方は無いかと頭をフル回転させ思考を巡らせる。


「はぁ。なんて言おう」


 だけど、僕がこの事を由姫ちゃんに伝える事はない……出来なくなってしまった。

 そして“分解された”という言い回しに僕は疑問を持たなかった。

 もし疑問を持っていたのなら、考えうる限り最悪とも言えるあの結末は変えれたのかもしれない。

 ……いや。

 僕が外に出たことを正直に言っていれば。

 そもそも外にさえ出なければ。

 今にして思えば、僕が選択した事は、BADEND直行の選択だったのかもしれない。


 ・・・

 ・・

 ・


「……誰にもバレてないな。よし」


 僕は次の日、こっそりと部屋を出て外に、由姫ちゃんの所へ出向く。

 由姫ちゃんの生体反応はすでに登録してるから簡単に見つけられる。

 例のごとく、僕は由姫ちゃんの場所へ一瞬で移動する。テレポートテレポート。


「やっほー! また来たよ!」


「わあ! ……マキナ、くん?」


「そうだよ! マキナでーす!」


 僕は外で初めて会った第一住人との再開が嬉しくて、テンションが上がる。


「元気だねマキナくん。お父さんやお母さんは?」


「あー」


 僕にとって親に該当する人物と言えば研究員たちだよね。……たくさんいるんだよなー。寝るに一人一人には特別思い入れは無いしなー。


「うーん。まあ、いろいろ」


「そっか。……ごめんねマキナくん」


「あ、いや大丈夫だから! そんな悲しそうな顔をしないで由姫ちゃん!」


 恐らく僕の親も消えてしまっていて、不躾な質問をしたことに罪悪感を感じている、て感じかな? 全くそんなことは無いのだけど。


「あー、それより由姫ちゃん」


「ん? なに」


 僕は昨日知った事実についてこの子にどう説明するか迷った。

「新種のウィルスのせいで分解しちゃって消えちゃったんだー」なんて言えるわけもない。本気で困った。だけど、言わないわけにもいかないし……。

 そうやってうんうんと迷っていると、事態が動いた。


「……あ! ぐ、うぅ」


「え?」


 由姫ちゃんが突然苦しみだしたのだ。

 僕はあまりのことに呆然としてしまうが、由姫ちゃんが胸を抑えて倒れたところでハッ、と割れに戻る。


「由姫ちゃん! ちょっと飛ぶよ!」


 きっとあの研究員たちなら何とかしてくれる。

 ああ、それにしても何で気づかなかったんだ。彼女は病院にいたって言ってたじゃないか。何の理由で入院してたかはわからないけど、外に出てる時点で怪我とかじゃなく病気が理由だってわかるじゃないか!

 さらに、こんな以下にも病弱で入院してるっていう子が急に大人たちの消えた世界で一人外をうろちょろしてたら、病状が悪化するなんて容易に想像できる。


「くそっ!」


 僕は自分のミスに悪態をつきながら、由姫ちゃんを連れて研究所に飛んだ。


 ・・・

 ・・

 ・


「みんな!」


「うわあ!? マキナ、お前どこから!」


 僕がテレポートで研究員の前に現れると研究員が目に見えて動揺していた。だけど、今はそれを気にしている余裕は無い。


「話はあと! お願い、この子を助けて!」


「な、何だこの子は」


「外にいたんだよ!」


「なっ!?」


 研究員の目は驚愕に見開かれる。

 研究員はすぐに慌てたように騒ぎ始める。


「やばい! 外の奴が入ったぞ!」


「殺菌だ! 急げ!」


「早く外の奴を処分しろ!」


「ワクチンを早くしろ!」


「え? え? 何なの?」


 だけど、その慌て用は僕の想像とは少し違った。

 助けるというよりは、拒絶。


「おいマキナ! その子を渡せ!」


「で、でも処分って」


 先ほど処分しろと口走っている研究員がいたために、僕は渡すことを躊躇ってしまう。


「いいから渡せ! さもないと……あ、ぐ、がぁ!?」


「な、なに?」


 目の前にいた研究員は苦しみ出して倒れてしまう。僕は何が何だかわからず、ただ呆然とすることしかできない。

 しかし、周りの研究員はそれを見てさらに騒ぎ始める。


「なに!? 早過ぎる!」


「嘘だろ! なんで!」


「ここは隔離施設だろ!? ウィルスなんていつ入ったんだ!!」


 “ウィルス”。僕は最近その単語を聞いた。

 “分解されたんだ”。

 “新型のウィルスだ”。

 そこにさっか研究員が言った、隔離施設という情報を足して気付いてしまった。


「ま、まさか……」


 ウィルスをこの研究施設に持ち込んだのは僕だ。

 それも、昨日。


「があああああああああ!!!」


 パシャッ、という音が鳴った。

 倒れた研究員は絶叫し、そして服を残し髪の毛一本残さず、消え去った。


「う、ぐぁ」


「い、嫌だあああああ!」


「死にたくない死にたくない死にたく……う、ぐぅ」


 恐怖で暴れ出し、ウィルスで苦しみ出し、次々と姿を消して行く研究員。

 僕はそれを、ただ眺める事しか出来なかった。

 そして、最後は誰もいなくなる。


「………………」


 声が出ない。

 この惨状を僕が生み出したのか。

 僕が外に出たから……皆は死んだのか。


「……マキナ、くん」


「あ! 由姫ちゃん!」


 呆然としているところに腕の中から由姫ちゃんの声がする。まだ由姫ちゃんは消えてはいなかった。


「由姫ちゃん! 由姫ちゃん!」


「……ねえ、マキナくん。頼んで、いい?」


「いいよ。何でも頼んで!」


「……お父さんと、お母さんと、あとお兄ちゃんもいるんだけど……私は、大丈夫だからって、伝えてくれる?」


「……なに、言ってるの。由姫ちゃん、消えちゃうかもしれないのに! 家族の前に自分のことを心配しなよ!」


 そもそも、もしかしたら由姫ちゃんの家族はもう……いない可能性がある。

 だったら、この約束だってもう……。


「……マキナくん。お願い、ね」


「由姫ちゃ」


 パシャッ、と音が鳴る。

 腕の中から重さが、熱が消えた。


「あ、あ……」


 誰もいなくなった静寂に満ちた空間。

 まるで現実味を感じられない。

 その矢先、事態はさらに進展する。……いや、悪化する。

 遠くの方から爆発音がする。


「な、なんだ……?」


 能力に頼り切った生活をしていた僕は無意識に思考を加速させる。

 爆発音。だけどこの街のシステムは殆ど停止している。つまりは人為的なものだ。だが、この街の住人はウィルスのせいで全員消えている。

 なら、この爆発音はいったいなにか。そこでヒトがいない理由を聞いた時の研究員の言い回し。「分解された」という部分。

 ここからは強制的にやられた、という他に、誰かにやられた、という意味もある。じゃあ誰がやったのか。この街の住人はもういない。そういえば研究員は実験中に神兵計画やら神化やら言っていた。名前から察するに人を神に近づけ兵士にする実験だと予想すると、もしかしたらこの街が所属する国は他国と戦争中なのかもしれない。

 つまり、この爆発音は……。


「いたぞ! 研究結果だ!」


「無力感して解析にかけろ!」


「へへ、人っ子一人いねえ。楽なもんだぜ」


 防具というよりかは、防護服だ。やはり、ウィルスの対策だろう。じゃあ、この街の住人を消したのは……。


「撃て!」


 バンバンバン! と発砲音がする。この程度でどうにかなるほど僕はやわじゃない。

 思考がやっとか結論を導き、目の前の存在に怒りの感情を覚える。


「お前ら……」


 能力を使いブチ殺そうとした……時だ。

 身体から力が抜け、その場にたおれこんでえしまう。


「なっ!?」


「ふう、無力化さえしてしまえば怖くない。お前ら、連れ出せ」


「はい!」


 僕はなす術もなく拘束され、過剰なほどに無力化をされたあと、運び出される。

 僕は何一つ果たせず、敵国の兵に捕まり、研究対象となった。

 僕がやったことは最悪の結果を生み出し、そして、全てを終わらせてしまった。

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