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208.暗闇の姉妹⑤

 私の真似をする九陰を見て、私は__






 __怒りを感じた。

 私にとって私は私だけだから。

 他の誰でもない唯一無二の存在だから。

 例え妹でも、優劣関係なく私のポジションに収まろうとしている妹を見て怒りが湧いた。

 黒木の家に捨てられ、マキナ様に忠誠を誓っても、私は誇りを持っていた。

 自分が嫌いになりそうな時もあった。でも、いつだって最後に信じたのは自分の判断だ。

 私にとって変わろうとするのなら、わたしはそいつを殺してでも自分の居場所を守ってみせる。

 だから、私は自分の身の振り方を考えた。

 最後まで私が私として、他の誰もが変わることの出来ない唯一無二の私でいるためにはどうすればいいか。

 まずは私と同じポジションにいようとしている九陰の排除。

 そして、その後は……


 *


「……あなたが笑うところ。久しぶりに見たわ」


「うん。私も久しぶりに見せれた」


「……まさかあなたに負けるなんてね」


 お姉ちゃんは諦めたように力なくそう答えた。

 ……だけど、その答えには誤解がある。


「お姉ちゃんは私に負けたわけじゃない」


「は? 何を言って」


「お姉ちゃんは、“私たち”に負けたの」


 私一人じゃ勝てなかった。容量の悪い私じゃお姉ちゃんの真似をして戦ったらお姉ちゃんには勝てない。

 だから、私は私の、仲間を頼る戦いをした。

 これが私の勝因だ。


「……まさか、弱者の戦いをするとわね」


「弱者の戦いじゃない」


「どこがよ。タイマン張らずにチームプレー。一人じゃ勝てないから周りに頼る弱者の戦いじゃない」


「そんなこと」


「そんな事無いわよ」


 私が言うよりも早く、奈孤ちゃんが喋る。


「悪いわね姉妹喧嘩に口挟んで。でも一言言わせてもらうわ」


「え、あれ」


「ふん。何を言われたところで私の考えは変わらな」


「作戦会議も無ければ一緒に戦うのはこれが初なのに、相手を信じて自分よりも強い相手を上手く誘導する。これは弱い奴には出来ないわ」


「……っ」


「そもそも勝つことに拘ってるくせに多対一になるような状況をわざわざ作ったのはそっちだし、本当に勝ちたいならもう一人ぐらい幹部連れてきなさいよこのぼっちが」


「さ、流石に言い過ぎ」


「……たしかに、正論ね」


 ……お姉ちゃんはどこか納得したように頷いた。

 え? いいの?


「そう。“私と九陰は違う道を進んでたのね”」


「っ!」


 先ほどまでの緩んだ空気が一気に張り詰めたように感じた。

 何の根拠もない“嫌な感じ”。私は咄嗟に叫ぶ。


「弾さん! もっとちゃんと抑えて!」


「は?」


 闇が爆発した。

 いや、実際は溢れただけだ。しかし、爆発、という言葉で表現出来るほどに、その闇は急激に膨らむ。

 本来、実体のない闇にどれだけ当たろうが意味はない。ない、はずなのに、お姉ちゃんを押さえ込んでいた弾さんは爆発とともに吹き込む。


「これでお終い」


「まっ……!?」


 駆け出そうとして、膝から力が抜けて無様に転ぶ。

 私は顔を上げ、お姉ちゃんを凝視した。

 短刀を掴み、振り上げ、そして……自分のお腹へと突き刺した。

 …………え?


「……は? え、は?」


「どういう……」


 二人も信じられないと言った風にただ呆然とする。

 そして、私ははっと正気に戻る。


「……な、何をやってるの!!」


「ぐ……っ!」


 更にお姉ちゃんは腕を動かす。

 私は動けず、ただ叫ぶ。が、目の前ではお姉ちゃんが自分で自分の体を掻っ捌いていく光景だけが目に写った。

 そこで、弾さんと奈孤ちゃんが動いた。

 銃声が響き、短刀を弾いた。


「何やってんだ!!」


「はぁ、はぁ、何って、腹切っただけよ」


「っ! ……バカ野郎!!」


 弾さんが何とか止血しようとしているが傷が大き過ぎる。

 私も必死に這いながら進む。


「お姉ちゃん……何で、何でこんなことしたの!」


「甘ったれるな!」


「っ!」


 お姉ちゃんが言葉を発すると、血がごぽっと溢れ出す。


「っ! ……ここは戦場よ。敵に気を使うなら周りに気を使いなさい。ここにあるのは生きるか死ぬかの二つだけ。家族の情なんか捨てなさい」


「なんで、なんでここまできてそんな事言うの!」


「そんな事? ふざけてるの。あんたは私の命と仲間の命どっちが大事なの?」


「それは……」


「ここでも敗北は死を意味する。そんな状況で白も黒も決められず、未だに灰色の奴は死ぬ。あなたにそんな暇あるの?」


「でも……でも自殺なんかしなくても。私は、私はお姉ちゃんを目標にして頑張ってきたのに!」


「……気に食わない」


「え?」


「それが一番気に食わない。私は私。唯一無二の存在よ。変わりも何もない。誰が目標になってやるもんですか。私の道は私だけの道。誰にも歩ませやしない! 残念だったわね! あなたが目標にした者の末路(ゴール)は自殺、ぐ……ぐふっ」


「お姉ちゃん!」


「はぁ、はぁ……九陰」


「お姉ちゃん! 死なないでよ!」


「私は最後まで“私”だったわよ。あなたは、いつまで私の影でいるつもり?」


「……お姉、ちゃん」


「……ふぅ、もう…………げん……か、い………………」


「……あ、あ…………あ"あ"あ"ああああああああああああああああああああ!!!」


 *


「行くわよ弾。もう立てるでしょ。太陽も拾ってくわよ」


「え、いや……いいのか?」


「あんな状態じゃどっちにしろ役に立たない。好きなだけ泣かせときなさい。……立ち直れない以上、死んだって文句は言えない」


「だが……」


 弾はまだ何かを言いたそうにしている。だけど、私たちに止まっている余裕はない。

 止まった仲間がいるなら、救うのではなく捨てる。そうしなければ戦場では生き残れない。

 今回とて、例外じゃない。


「……待って」


 その声に、私は一瞬信じられないと思ってしまった。

 先ほどまで泣いていた黒い少女の声。


「……少し休む。だけど、必ず向かう」


「そう……」


 私はチラリと後ろを確認する。

 そこには、強い瞳の少女がいた。一瞬別人かと思ってしまうくらいに、その瞳には力が篭っている。覚悟を決めた瞳。


「なら、この先の戦場で待ってるわ。遅すぎて全部片づいてたらごめんなさいね」


「絶対間に合わせる」


「行くわよ」


「お、おう!」


 私たちはその場をあとにする。

 信じていよう。きっと彼女ならくる。

 今より強い覚悟を身につけて。

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