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207.暗黒の姉妹④

 頭の奥で黒い感情が流れ出る。

 意思力でそれを無理矢理に押し込めるが、処理が全く間に合わない。確実なスピードで脳を、体を蝕んでいく。

 抗う意思はあった。だが、その感情に身を任せれば任せるほどに溢れ出る力は余りにも魅力的だった。甘い誘惑に、意思力が溶けて行くのを感じた。

 同時に、不思議な感覚に陥った。まるで、自分が二つに別れるような感覚。理性と本能が別々になるような感覚だ。

 暴れ狂う本能(ケモノ)を冷めた理性(ワタシ)(はた)から見ているイメージが流れる。同時に、戦闘中にも関わらず、なぜ自分がこんなことを、と思ってしまう。

 私は優秀だった。周りからそう言われ続けたのだから、きっとそうなのだ。

 妹は凡庸だった。周りからそう言われ続けたのだから、きっとそうなのだ。

 私は妹に同情していた。だから優しくした。容量のいい私は容量の悪い妹に時間を作って勉強を教えたり、“いい自分”でい続けた。

 しかし、私にはパートナーが出来ず、妹にはパートナーが出来た。

 私は落ちこぼれに成り下がった。周りからそう言われ続けたのだから、きっとそうなのだ。

 妹は姉より出来た妹に成り上がった。周りからそう言われ続けたのだから、きっとそうなのだ。

 そして、私は生まれて初めて妹に嫉妬した。

 はっきり言って、自分でも何故そこまで魔狩りに執着してたのかはわからない。強いて言えば、これこそが私が生まれた意味なのだと心の何処かで思っていたのかもしれない。

 私の妹への対応は激変した。その頃だったかもしれない。丁度マキナ様に出会ったのは。

 そして、私は黒木家から出た。九陰を遠巻きに何度か見たことがあったが、私が消えて最初の頃は今にも死にそうな雰囲気を出していた。

 九陰は私と同じ人生を送った。

 まるで、私の変わりであろうとするかのように。

 ……そうだ。

 私の真似をする九陰を見て、私は__。


 *


 一瞬止まったところを見逃さず、限界突破(リミットアウト)(セン)で畳み掛けるが、お姉ちゃんはその攻撃全てに反応し弾いて行く。


「くっ!」


「……ああ。戦闘中だったわね」


 その声は先ほどとは違い、まるで夢から覚めたような声だった。


「戦闘中に居眠り? いい度胸」


「……そうね。でも、思い出せた」


「何を……!?」


「私が……戦う理由よ!!」


 極限まで特化された私のスピードに、通常の特化で反応してくるお姉ちゃん。それどころか、私の方が押されている。


「もう時間が無い……飛ばすわよ」


「っ!」


 お姉ちゃんの踏み込みは一瞬で私の懐へと入る。

 息を付く間も無く斬撃。


「っ、(ヘキ)


「甘い!!」


 ドスン、と異様に重い一撃を腹に受ける。

 刃は入っていない。だが、威力だけが突き抜けた。


「〜〜!!」


「まだよ!」


 もう片方の手でさらに追撃され、足が僅かに地面から離れ、支えを失う。そこにお姉ちゃんが高速で一回転。その勢いで回し蹴りを無防備な脇腹に繰り出し、私は何も出来ず吹き飛ばされ瓦礫の山へと突っ込む。


「う……く……」


 何とか体を起こす。

 だが、体はすでに満身創痍だ。

 そこに、お姉ちゃんが短剣を突き出す。


「これで終わりね」


「……終わりじゃない」


「いいえ終わりよ。あなたはもう立ち上がれない」


「………………」


「いつもそう。昔からあなたは私の真似ばかり。私だから出来る事なのに、あなたは無理してそして失敗する」


 何も言い返せない。

 事実そうだった。風紀委員長だってお姉ちゃんを追いかけた過程で手に入れた肩書きだった。他にもいろいろな面で、私はお姉ちゃんを意識していた。


「今回だって、私に勝とうなんて甘いのよ。互角に戦えると思った? そんなわけないでしょ。あなたじゃ、私には一生勝てない」


「……確かに、そうかもしれない」


 私はお姉ちゃんより劣っているのだから。


「わかってるじゃな」


「それでも」


 私はお姉ちゃんの真似をする人形だった。

 すでにあるルートを進み続ける人形。

 その過程で、どんなに自分が傷つこうが無視をして進み続ける人形だ。

 だけど、そんな私の人生にも、私は価値を見出せた。

 みんなの、紅のおかげで。

 だから、言える。


「それでも、“私たち”は負けられない!!」


「なっ!?」


 最初で最後のチャンス。

 もう限界を迎えた体に鞭をうち、無理矢理に動かす。

 限界を突破する。


限界突破(リミットアウト)(ゴウ)!」


 瓦礫を全力で投げる。

 寝転んだ状態で投げた上、モーションも何もないため対した勢いは無い。が、極限まで特化された筋力はそれらを全て補って余りある威力を生み出す。


「なっ!?」


 不意をついた一撃で、体中は悲鳴を上げる。これで完全に体は使い物にならなくなった。

 さらにお姉ちゃんは鬼化状態。これを逃したら敗北は決定。

 瓦礫はお姉ちゃんに当たり、そして……


「……それで最後、かしら」


「……そう」


「……残念ね。最後の悪あがきがこんなものだなんて」


 お姉ちゃんは立っていた。

 私の最後の一撃はこれで終わった。次はない。


「これで終わりよ」


 お姉ちゃんは短剣を振り上げた。

 私はそれを眺めて、そして“笑う”。


「“私の”一撃は終わり」


「え?」


 その時だった。

 “光”がお姉ちゃんの胸を……エクス・ギアを貫く。


「しまっ!?」


「っらああああ!」


 さらに男の声が響いたかと思うと、お姉ちゃんに思いっきりタックルする人影。そしてもう一人。


「ナイスよ弾」


「くっ、離せ!」


「誰が離すか! ……て、痛い!」


 そこに奈孤が銃をお姉ちゃんの頭に突き付けると、お姉ちゃんもついに自分の不利を悟ったか大人しくなる。


「……まさか、他の死に損ないを使うとわね」


「使ってない。信じただけ」


 昔の私だったらきっと出来なかった。お姉ちゃんみたいに完璧をこなそうとしていた私なら。

 でも、紅たちと一緒に戦ううちに、お姉ちゃんとは別の道を進むと決めた時に、私は私だけを頼るのをやめた。

 小さいけど、私は私のレールを歩き始めた。


「私は弱いから、お姉ちゃんに一人で勝てるとは最初から思ってなかった」


「……なぁんだ。とっくに私の真似はやめてたのね。私が負けるわけだ」


 私はそんな言葉に、自慢気に、誇らし気にただ笑みを返すのだった。

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