172.紅の世界②
「っ」
「どうしたの紅」
「あ、いや……」
まただ。
肩甲骨あたりがズキッ、と痛む。
朝から何度かズキッ、と痛む。だが、どこかにぶつけた覚えも無いし、いったいなんなんだ。
__思い出して、紅
「由姫。なんか言った?」
「また? 言ってないわよ」
「うーん……」
「ねえ……大丈夫? 紅。病院に行った方がいいんじゃない?」
「あー、まあ、大丈夫だろ。多分」
「それならいいんだけど……」
何か。何かを忘れている……気がする。
でも、俺はその確証が持てない。
俺の記憶はあるし、欠けてる記憶も無い。
……不思議な気分だ。
イマイチ自分に自信が持てない。
ふと道路側を見る。
「っ!」
「どうしたの紅。あ、ちょっと!」
横断歩道を渡っていた子どもに、猛スピードで突っ込む車が見えた。
考えるより先に体が動く。
だが、間に合わない。
最悪子どもを突き飛ばしてでも!
そう考え、踏み込んだ時、車が急ブレーキをかけた。
「うわああああ!」
子どもも急ブレーキの時の音で車に気付いたのか、すぐに横断歩道を渡る。
車と子どもは、ギリギリ接触せずに済んだ。
……よ、良かった?
俺は足を止め、荒れた動悸をゆっくりと元に戻す。
「紅!」
「あ、由姫ぐふぉお!?」
振り返った瞬間のタックル。
この仕打ちは酷い。
由姫は俺に馬乗りするようにして、見下ろすような体勢になる。
その目には、涙が溜まっていた。
「ゆ、由姫……?」
「……バカ! 轢かれたらどうするつもりだったのよ!」
「だ、大丈夫だって。だって俺、すぐに怪我なお」
……治る?
何を根拠に?
「轢かれたら死ぬかもしれないでしょ! 他の人より頑丈だからって無茶しないで!」
「あ、ああ」
「……バカ」
由姫が俺の胸に顔を埋めるように抱きつく。
思いっきり視線が集まっていたが、由姫が本気で心配してくれた事が嬉しくて、そっと由姫の背中に手を置く。
「ありがとう、ユ」
言葉を失った。
全てを言い終える前に、“それ”は姿を表した。
俺の視線の先には、由姫と全く同じ容姿の少女がいた。
だが、由姫は俺の腕の中にいる。
なら……あの少女は誰だ?
少女はこちらを見つめ、そして悲しそうに視線を逸らし、そして……
「な……」
車が横切り、そしてその少女は跡形もなく、消えていた。
「……紅?」
「あ、由姫……。由姫、だよな」
「ん? そう、だけど」
「そうだよな……いや。なんでもないんだ。ありがとう、由姫」
「……ううん。紅が無事なら、それで」
由姫が一層強く抱きしめてくれる。
なのに、今の俺は先ほどまでの温かみは感じられず、ただひたすらに、まるで冷水を浴びせられたかのようにうすら寒い気分だった。
……また、肩甲骨あたりが疼く。




