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とりあえず平和な日常をくれ!  作者: ネームレス
領土戦での日常
173/248

172.紅の世界②

「っ」


「どうしたの紅」


「あ、いや……」


 まただ。

 肩甲骨あたりがズキッ、と痛む。

 朝から何度かズキッ、と痛む。だが、どこかにぶつけた覚えも無いし、いったいなんなんだ。


 __思い出して、紅


「由姫。なんか言った?」


「また? 言ってないわよ」


「うーん……」


「ねえ……大丈夫? 紅。病院に行った方がいいんじゃない?」


「あー、まあ、大丈夫だろ。多分」


「それならいいんだけど……」


 何か。何かを忘れている……気がする。

 でも、俺はその確証が持てない。

 俺の記憶はあるし、欠けてる記憶も無い。

 ……不思議な気分だ。

 イマイチ自分に自信が持てない。

 ふと道路側を見る。


「っ!」


「どうしたの紅。あ、ちょっと!」


 横断歩道を渡っていた子どもに、猛スピードで突っ込む車が見えた。

 考えるより先に体が動く。

 だが、間に合わない。

 最悪子どもを突き飛ばしてでも!

 そう考え、踏み込んだ時、車が急ブレーキをかけた。


「うわああああ!」


 子どもも急ブレーキの時の音で車に気付いたのか、すぐに横断歩道を渡る。

 車と子どもは、ギリギリ接触せずに済んだ。

 ……よ、良かった?

 俺は足を止め、荒れた動悸をゆっくりと元に戻す。


「紅!」


「あ、由姫ぐふぉお!?」


 振り返った瞬間のタックル。

 この仕打ちは酷い。

 由姫は俺に馬乗りするようにして、見下ろすような体勢になる。

 その目には、涙が溜まっていた。


「ゆ、由姫……?」


「……バカ! 轢かれたらどうするつもりだったのよ!」


「だ、大丈夫だって。だって俺、すぐに怪我なお」


 ……治る?

 何を根拠に?


「轢かれたら死ぬかもしれないでしょ! 他の人より頑丈だからって無茶しないで!」


「あ、ああ」


「……バカ」


 由姫が俺の胸に顔を埋めるように抱きつく。

 思いっきり視線が集まっていたが、由姫が本気で心配してくれた事が嬉しくて、そっと由姫の背中に手を置く。


「ありがとう、ユ」


 言葉を失った。

 全てを言い終える前に、“それ”は姿を表した。

 俺の視線の先には、由姫と全く同じ容姿の少女がいた。

 だが、由姫は俺の腕の中にいる。

 なら……あの少女は誰だ?

 少女はこちらを見つめ、そして悲しそうに視線を逸らし、そして……


「な……」


 車が横切り、そしてその少女は跡形もなく、消えていた。


「……紅?」


「あ、由姫……。由姫、だよな」


「ん? そう、だけど」


「そうだよな……いや。なんでもないんだ。ありがとう、由姫」


「……ううん。紅が無事なら、それで」


 由姫が一層強く抱きしめてくれる。

 なのに、今の俺は先ほどまでの温かみは感じられず、ただひたすらに、まるで冷水を浴びせられたかのようにうすら寒い気分だった。

 ……また、肩甲骨あたりが疼く。

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