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とりあえず平和な日常をくれ!  作者: ネームレス
領土戦での日常
166/248

165.赤い竜巻

「ぐっ……」


「ネズミが。我の手を煩わせるな」


 私は今になっても、その現場を把握しきれずにいた。

 目の前には時乃 廻間。奥には血だらけで横たわる舞さん。横には背中を大きく切り裂かれた刀夜。

 残ったのは私だけ。


「だが、実際楽な仕事だな。ライは何処かに行ってしまったが、これなら十分に任務には支障が無い。一番の障害となるNo.1とNo.2を排除出来たのだからな」


 淡々と事実だけを述べて行く。

 まるで、今の状況を確認するかのように。


「……冥土の土産のつもり?」


「ああ、いや済まない。君を殺すべきか悩んでいたのだよ。時間稼ぎみたいなものだ」


「時間稼ぎ……?」


「ああ。君は何と言ったって、ダークの獲物だからな」


 ダーク……誰?


「ああ。知らないか。まあ、無理もない。教えてやろう。困ることも無いし、早かれ遅かれの違いだろう。マキナ・チャーチ八柱会が一人、ダーク。又の名を、“黒木(クロキ) 八陽(ヨウヒ)”と言う」


「なっ!? お姉ちゃん!?」


「おや、知らなかったか」


 違う。

 知っていた。お姉ちゃんがいること自体は。

 だが、八柱会という幹部に入って、ダークという名前も持って……


「お姉ちゃん。はしゃぎ過ぎ……」


「それはたしかにな」


 ダークってなに。ダークって。

 昔の一般的な感性を持っていたお姉ちゃんはどこに行ったの。

 ……今はそれどころじゃなかった。


「でも、こちらは仕掛ける。舞さんと刀夜は殺させない」


「それは困る。やっとか倒したのだ。二人には退場してもらう」


 力の差は歴然。

 月島 雪音も走って行ってしまった。すぐに追いかけないと。

 だけど、相手は廻間。私程度が勝てる相手じゃない。

 ……どうする。

 貴重な時間が刻一刻と失われている状況で睨み合いは続く。


「どうした。来ないのか」


 わかってて言っている。

 残念ながら、私に奥の手は無い。必殺技や秘奥技やそんなものも無い。

 その状況を見てか、廻間が動く……


「来ないのならば、こちらから」


 ……前に、銃声が鳴り響いた。


『っ!』


 私と廻間は同時に視線を横へ向ける。そこには、銃を空に向かって放つ刀夜がいた。

 ……あれは。


「これ以上のイレギュラーはさせん!」


「っ!」


 廻間の気が、こちらから逸れる。

 今が、最初で最後のチャンス。


脚部特化(レッグフォース)!」


 数mの距離を一瞬で詰める。


「なに!?」


腕部特化(アームフォース)!」


 すかさず腕へと切り替え、廻間へと密着する。

 手、足、膝、肘、肩、太腿、首、腰、脹脛、胴体、最後にその頭蓋へとトドメを……


「お転婆なお嬢さんだ」


「がっ!?」


 腹に強力な一撃を貰い、私は崩れる。

 ……全部……避けたの?


「不意打ちとはね。浅いが、一撃くらってしまったよ」


「……っ」


 一撃。

 あの不意打ちを、たった一撃、それも浅い一撃のみしか受けてないなんて……。


「さて、お嬢さん。殺しはしないが……腕の一本は覚悟してもらおうか」


 廻間は私の背中を踏みつけると、右腕を左方向へと引っ張る。


「ぐ……あ……」


 みしみしと骨が鳴る。

 ……大丈夫。特化で硬くしてある。

 まだ、まだ。


「ふむ。特化か。厄介だな。だが……その分全力で出来るな」


「っ!!!」


 痛い。

 痛い、痛い痛い痛い!


「っ! 〜〜〜〜!!」


「ほう。まだ持つか。だが、これで」


「っ!」


 折れる!

 そう、思った。


「何をしているの」


 “冷気”が私の上を通過した気がした。


「ぐっ!?」


 その瞬間、廻間の力が緩んだ。

 ……今!

 硬化を解き、左手に全力で腕部特化をかけ、地面を叩く。

 途轍もない振動と砂塵がその場に混乱をもたらす。


「ちぃっ! 小賢しい!」


 右腕を引き抜き、私はその場から理解したした。

 そして、“その人”をみた。

 刀夜の銃は、この人を呼ぶための合図だったんだ。


「……冷華」


「九陰。大丈夫?」


「わ、私は大丈夫。でも、そっちは」


「和也と輝雪に任せた。(ルナ)もいるし大丈夫」


「だ、だけど」


「九陰は下がってて。私が相手をする」


 ……え?

 この人は、今なんて。

「私が相手をする」?


「無茶! 舞さんだって苦戦したのに!」


「九陰は廻間の動きが止まったら二人を連れて自然治癒特化(ヒーリングフォース)お願い。喜安だと思うけど」


「だけど」


「大丈夫」


 冷華がこちらを見る。

 その目は、まるで氷だった。

 冷たく、触れれば傷付いてしまいそうなほど、冷たい目。


「恋する乙女は無敵」


「……わかった」


 これ以上のやり取りは危険。

 砂塵も収まりつつある。今は、冷華を信じるしかない。


「……先ほどぶり」


「お主か。意外な乱入者、と言ったところか。……だが、わかっているだろうな。貴様では我には勝てない」


「あなたこそわかってる? あなたが傷付けたのは白木 刀夜。そして、今の私は……ブチ切れてる」


「ふん」


「冷華!」


 廻間の姿がぶれる。

 時間停止(ボーナスタイム)

 人によっては、廻間の加速をそう呼ぶ。

 私たちにとって一瞬でも、廻間にとってはそれは認知出来るレベルまで引き伸ばされ、こちらが何かをする前に何かをするからだ。

 廻間の廻間による廻間のためだけの時間。

 だからこそ、私たちでは太刀打ちが……

 パキン、と音がなる。


「っ!!」


「かかった」


 え?


「くぅ」


 廻間がぶれる。

 パキン、と音がなると同時に現れる。

 また廻間がぶれる。

 そしてまた音がなると同時に現れる。


「ど、どうなって……」


「私の力は“冷気”。目には見えない。だからこそ、“設置されれば私以外にはわからない”。あなたがどれだけ早く動こうと、冷気に触れれば貴方は凍る」


「……それがネタか」


 そうか。

 つまり、この空間内には大量のトラップが設置されてるんだ。

 それも、地面だけじゃなく、空間そのものに。


「九陰」


「わかった」


 冷華が廻間の動きを阻害するうちに、舞さんと刀夜を回収する。


「させ」


「させない」


 冷気が廻間の動きを阻害する。

 私に当たらないのは、多分冷華が冷気を操っているから。

 この頑張りを、無駄にはしない。


「待て!」


「待つのはお前。……九陰。行って」


「はい!」


 脚部特化で私は疾風のごとくその場を駆け抜けた。


 ・・・

 ・・

 ・


「……ここらへんでいいかな」


 随分と離れた。

 時間停止は長時間は使えないし、そうそう追いつくことは無いだろう。


「……ぐ」


「……う、ぅ」


「二人とも。今治す。白夜」


『あいよ』


自然治癒特化(ヒーリングフォース)


 私のこれは、あくまで傷の治りを早くするだけ。これは完全にその人の生命力に比例する。大幅な回復は望めない。

 だけど、やらないよりはいい。


「……お願い」


『急くな。集中しろ』


「わかってるけど……」


 結局、月島 雪音がどうなったのかは確認出来てない。

 今はただ、生きていることを信じるしかない。


「……みんな。お願い」


『九陰……』


 その時だ。

 その、爆発音が聞こえたのは。


「なに!?」


『後ろだ!』


 先ほど来た方向だ。

 そして、そこには不思議な光景が広がっていた。


『……何だ、ありゃあ』


「……赤い竜巻」


 赤い竜巻。

 そうとしか言えない。

 そして、その赤い竜巻は多くのものを巻き込み、空へと打ち上げる。

 このままでは、ここら一帯が破壊され尽くして……。


「待って。赤い、竜巻?」


『どうした九陰』


 赤い、竜巻。

 竜巻。風。

 赤い。……紅い。


「紅。……あれは、紅?」


『……あれが? だが、あれじゃあまるで……災害だ』


 紅のわけがない。

 同時に、あれは紅だと確信している自分もいる。


「……いったい、何が起こっているの」


 私はその景色を、ただ呆然と眺めていた。

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