165.赤い竜巻
「ぐっ……」
「ネズミが。我の手を煩わせるな」
私は今になっても、その現場を把握しきれずにいた。
目の前には時乃 廻間。奥には血だらけで横たわる舞さん。横には背中を大きく切り裂かれた刀夜。
残ったのは私だけ。
「だが、実際楽な仕事だな。ライは何処かに行ってしまったが、これなら十分に任務には支障が無い。一番の障害となるNo.1とNo.2を排除出来たのだからな」
淡々と事実だけを述べて行く。
まるで、今の状況を確認するかのように。
「……冥土の土産のつもり?」
「ああ、いや済まない。君を殺すべきか悩んでいたのだよ。時間稼ぎみたいなものだ」
「時間稼ぎ……?」
「ああ。君は何と言ったって、ダークの獲物だからな」
ダーク……誰?
「ああ。知らないか。まあ、無理もない。教えてやろう。困ることも無いし、早かれ遅かれの違いだろう。マキナ・チャーチ八柱会が一人、ダーク。又の名を、“黒木 八陽”と言う」
「なっ!? お姉ちゃん!?」
「おや、知らなかったか」
違う。
知っていた。お姉ちゃんがいること自体は。
だが、八柱会という幹部に入って、ダークという名前も持って……
「お姉ちゃん。はしゃぎ過ぎ……」
「それはたしかにな」
ダークってなに。ダークって。
昔の一般的な感性を持っていたお姉ちゃんはどこに行ったの。
……今はそれどころじゃなかった。
「でも、こちらは仕掛ける。舞さんと刀夜は殺させない」
「それは困る。やっとか倒したのだ。二人には退場してもらう」
力の差は歴然。
月島 雪音も走って行ってしまった。すぐに追いかけないと。
だけど、相手は廻間。私程度が勝てる相手じゃない。
……どうする。
貴重な時間が刻一刻と失われている状況で睨み合いは続く。
「どうした。来ないのか」
わかってて言っている。
残念ながら、私に奥の手は無い。必殺技や秘奥技やそんなものも無い。
その状況を見てか、廻間が動く……
「来ないのならば、こちらから」
……前に、銃声が鳴り響いた。
『っ!』
私と廻間は同時に視線を横へ向ける。そこには、銃を空に向かって放つ刀夜がいた。
……あれは。
「これ以上のイレギュラーはさせん!」
「っ!」
廻間の気が、こちらから逸れる。
今が、最初で最後のチャンス。
「脚部特化!」
数mの距離を一瞬で詰める。
「なに!?」
「腕部特化!」
すかさず腕へと切り替え、廻間へと密着する。
手、足、膝、肘、肩、太腿、首、腰、脹脛、胴体、最後にその頭蓋へとトドメを……
「お転婆なお嬢さんだ」
「がっ!?」
腹に強力な一撃を貰い、私は崩れる。
……全部……避けたの?
「不意打ちとはね。浅いが、一撃くらってしまったよ」
「……っ」
一撃。
あの不意打ちを、たった一撃、それも浅い一撃のみしか受けてないなんて……。
「さて、お嬢さん。殺しはしないが……腕の一本は覚悟してもらおうか」
廻間は私の背中を踏みつけると、右腕を左方向へと引っ張る。
「ぐ……あ……」
みしみしと骨が鳴る。
……大丈夫。特化で硬くしてある。
まだ、まだ。
「ふむ。特化か。厄介だな。だが……その分全力で出来るな」
「っ!!!」
痛い。
痛い、痛い痛い痛い!
「っ! 〜〜〜〜!!」
「ほう。まだ持つか。だが、これで」
「っ!」
折れる!
そう、思った。
「何をしているの」
“冷気”が私の上を通過した気がした。
「ぐっ!?」
その瞬間、廻間の力が緩んだ。
……今!
硬化を解き、左手に全力で腕部特化をかけ、地面を叩く。
途轍もない振動と砂塵がその場に混乱をもたらす。
「ちぃっ! 小賢しい!」
右腕を引き抜き、私はその場から理解したした。
そして、“その人”をみた。
刀夜の銃は、この人を呼ぶための合図だったんだ。
「……冷華」
「九陰。大丈夫?」
「わ、私は大丈夫。でも、そっちは」
「和也と輝雪に任せた。月もいるし大丈夫」
「だ、だけど」
「九陰は下がってて。私が相手をする」
……え?
この人は、今なんて。
「私が相手をする」?
「無茶! 舞さんだって苦戦したのに!」
「九陰は廻間の動きが止まったら二人を連れて自然治癒特化お願い。喜安だと思うけど」
「だけど」
「大丈夫」
冷華がこちらを見る。
その目は、まるで氷だった。
冷たく、触れれば傷付いてしまいそうなほど、冷たい目。
「恋する乙女は無敵」
「……わかった」
これ以上のやり取りは危険。
砂塵も収まりつつある。今は、冷華を信じるしかない。
「……先ほどぶり」
「お主か。意外な乱入者、と言ったところか。……だが、わかっているだろうな。貴様では我には勝てない」
「あなたこそわかってる? あなたが傷付けたのは白木 刀夜。そして、今の私は……ブチ切れてる」
「ふん」
「冷華!」
廻間の姿がぶれる。
時間停止。
人によっては、廻間の加速をそう呼ぶ。
私たちにとって一瞬でも、廻間にとってはそれは認知出来るレベルまで引き伸ばされ、こちらが何かをする前に何かをするからだ。
廻間の廻間による廻間のためだけの時間。
だからこそ、私たちでは太刀打ちが……
パキン、と音がなる。
「っ!!」
「かかった」
え?
「くぅ」
廻間がぶれる。
パキン、と音がなると同時に現れる。
また廻間がぶれる。
そしてまた音がなると同時に現れる。
「ど、どうなって……」
「私の力は“冷気”。目には見えない。だからこそ、“設置されれば私以外にはわからない”。あなたがどれだけ早く動こうと、冷気に触れれば貴方は凍る」
「……それがネタか」
そうか。
つまり、この空間内には大量のトラップが設置されてるんだ。
それも、地面だけじゃなく、空間そのものに。
「九陰」
「わかった」
冷華が廻間の動きを阻害するうちに、舞さんと刀夜を回収する。
「させ」
「させない」
冷気が廻間の動きを阻害する。
私に当たらないのは、多分冷華が冷気を操っているから。
この頑張りを、無駄にはしない。
「待て!」
「待つのはお前。……九陰。行って」
「はい!」
脚部特化で私は疾風のごとくその場を駆け抜けた。
・・・
・・
・
「……ここらへんでいいかな」
随分と離れた。
時間停止は長時間は使えないし、そうそう追いつくことは無いだろう。
「……ぐ」
「……う、ぅ」
「二人とも。今治す。白夜」
『あいよ』
「自然治癒特化」
私のこれは、あくまで傷の治りを早くするだけ。これは完全にその人の生命力に比例する。大幅な回復は望めない。
だけど、やらないよりはいい。
「……お願い」
『急くな。集中しろ』
「わかってるけど……」
結局、月島 雪音がどうなったのかは確認出来てない。
今はただ、生きていることを信じるしかない。
「……みんな。お願い」
『九陰……』
その時だ。
その、爆発音が聞こえたのは。
「なに!?」
『後ろだ!』
先ほど来た方向だ。
そして、そこには不思議な光景が広がっていた。
『……何だ、ありゃあ』
「……赤い竜巻」
赤い竜巻。
そうとしか言えない。
そして、その赤い竜巻は多くのものを巻き込み、空へと打ち上げる。
このままでは、ここら一帯が破壊され尽くして……。
「待って。赤い、竜巻?」
『どうした九陰』
赤い、竜巻。
竜巻。風。
赤い。……紅い。
「紅。……あれは、紅?」
『……あれが? だが、あれじゃあまるで……災害だ』
紅のわけがない。
同時に、あれは紅だと確信している自分もいる。
「……いったい、何が起こっているの」
私はその景色を、ただ呆然と眺めていた。




