154.最終試合:ディストーション
空間が裂ける。
砂塵の一つも、音の一つも、揺れの一つも、全く起きない。
それでいて、絶対的な威力の“切断”が廻間の座標を裂く。
しかし、その場にはすでに、廻間はいない。
「やれやれ。随分と荒っぽいな。我でなかったら真っ二つだ」
一歩。
その分だけ横に移動した廻間がいた。
私の攻撃の、空間切断の性質をよくわかっている。
圧倒的威力に、圧倒的薄さ。くることさえ分かれば、回避は容易い。
「すいませんがさっさと決めさせてもらいます。“時間稼ぎ”はさせません」
「やれやれ。バレているか」
「器用ですね。あわよくば勝つ。それでいて長期戦が苦手な私たちの戦闘で長期戦を目指す」
「目論見がバレなければ無駄撃ちさせて、先に能力が使えなくなるのを待てたんだが、そうもいかなくなってしまったな」
マキナ・チャーチの援軍が来るのでしょう。
力の消費を最小限にして、自分からは攻めない。
負ける気も無い。倒せるのであれば狙ってくるカウンター重視。
「あなたの能力を最大限に活かせる戦い方ですね」
「一回一回の消費が天井知らずのため、昔はこんなにも長くは戦えなかったがな」
「あらあら。まだ三分も経ってませんよ?」
「“あちら”では三千分……五十時間だ」
「…………なるほど。長引かせる事は出来ませんか」
“もし”、マキナ・チャーチがエルボスで行動しているのであれば、“短期決戦でも長期戦”になってしまう。
もはや後のことを考えて行動していては、手遅れになりますか。
「……行きます」
廻間の能力は超加速。“自分の体ごと周りの時間を加速させる”。
現実時間ではほんの数秒。体感時間では数十分。
言ってしまえば、エルボスと同じ空間を自分にだけ展開するのだ。
しかし、それは身体に絶大な負荷がかり、体力の消費も早い。そのため、現実時間では短期決戦という扱いになる。
だが、その数秒だけは、いやその一瞬だけは時乃 廻間のみのボーナスタイムになる。
どんな攻撃も当たらない。
そして、隙を見せれば痛烈な一撃をもらう。
「来い」
全力で、“殺す”。
「立体」
「っ!」
空間が“抉れる”。
「ちぃっ!」
「そこっ!」
「くっ……!」
私の能力は発現までが非常に早い。来るとわかっていても先読みで避けなければ体の部位が持っていかれる。
さらに、立体は体積を持つ。例え加速が出来ても、回避は困難だ。
さらに、追い打ちをかける。
私は“缶”を取り出し、投げる。
「空間交差か!!」
瞬間、破裂した缶を中心に空間が強引に交わる。
強烈な引力が生まれた空間の交差点は、全てを吸い込む勢いで周りのものを引き寄せる。
『ちょっと! 何やってるんですか!?』
カラスが必死に翼を羽ばたかせている光景は少し笑えてしまうが、そこはもう残念としか言いようがない。
何故なら私は、殺す気だから、なりふり構ってはいられない。
廻間も動き始める。
空間交差に手をかざし、呟いた。
「歪」
「……ほお」
瞬間。
まるで、空間交差“だけが”加速したかのように、急速に収まっていく。
「それが“咆哮”ですか?」
「ああ。お前の“爪”に負けぬよう創り出した技だ」
「どんな技か……は、だいたい想像は付きますけどね」
「そうか。まあ、教える気も無いがな」
理屈は簡単だ。
“時間”の対象を、自分から別のものに移しただけ。
だが、大抵の物事は自分より他に施す方が難しい。
自分の理解を誰かに説明するように。
自分にではなく別の誰かに気を使うように。
自分のことではなく相手を理解するように。
自分以外に施すというのは、難しい。
今回もそうだ。
今まで、自分の加速しかして来なかった人間が、他の対象を加速させるようにするまで、何年間の時を過ごしただろう。
何年間、“エルボス”で過ごしただろう。
相手も本気だ。
「一方的な状況が続いたからな。次は我から行こう」
廻間が動く。




