144.束の間の雪音
「ルナ」
「あ、紅」
ルナは自室にいた。
名前を呼んで返事が来たから入る。
「お邪魔しまーす」
「……そこは、「入ってもいいか」「いいよ」の下りが必要でしょうが」
「勉強不足なもんで」
戯けるように言う。
だが、いつまでもこんな態度は取れない。
あることを、俺は聞きにきた。
「一つだけ……聞きたい事がある」
「なに?」
「繰り返される時期は、いつからいつまでだ」
この事に思い付いたのはついさっきだ。
デウス・エクス・マキナ。あいつを倒せば終わり。
ルナはそう言った。
なら、今回のことからそのマキナとの決戦まで、どれくらいあるだろうか。
普通に考えれば、隣にもマキナ・チャーチの回し者がいるなら、他の地域にも滑り込んでる可能性がある。
今回の領土戦は、それをばらす出来事にもなりかねない。
もしばれたら全面戦争になるだろう。同時に、俺とルナも逃げ場を失う。
戦うしかなくなるのだ。だが、そんなに長時間持つとも思えない。
最終決戦があるなら、この後だ。多分。
つまり、ここが俺の帰還不能点。
俺が進むべき、俺の道。
「……そっか。わかるんだ。いいよ。教えてあげる。期間は……お察しの通り、春から夏休みの終わりまでよ」
夏休み終わり。つまり、領土戦が終わって少しして、その時点で俺の物語が、リセットされるか、もう一度スタートラインに立てるかが、決まる。
戻る事は許されない。
例え、過去何度も死んでようとも、命は散らしていいものじゃない。
ここで、この世界で、終わらせるんだ。
「最終決戦は近いのか」
「うん。紅も徐々に記憶を思い出してる。絶対勝てるよ」
「記憶があると強くなるのか?」
「知識は力だよ。紅は今、北風と南風があったよね。あと東風と西風があるの。前の紅が使ってた。力の扱いだって、ずっとずっと上手だったんだから」
「……そうか」
「全部思い出せなばその分の知識が全部入るんだから、強くなるのも当然だよ。力の使い方も、敵の行動パターンも、全部入ってるんだから」
「そりゃ、たしかに凄えな」
軽くチートだった。
何百回という経験が俺の強さだった。
だが、それは……
「そのチートでも、負けてるってことか」
「そうね。勝てない……」
そして、ルナがその顔を伏せ窓に寄りかかる。
不謹慎ながらも、神秘的だと思った。
窓から光が差し込み、ルナを照らす。
神秘的で、綺麗で、悲しくて……見ていられなかった。
だから、俺は……
「精一杯やってみるよ」
「……はい?」
ルナの顔はキョトンとする。
まあ、突然言ったのは自分でも自覚しているが、その顔に思わず吹いてしまう。
「な、何で笑うのよ!」
「いや。意外と繊細だなーってな」
「せ、繊細って」
「普段は結構猪突猛進って感じなのにな」
「い、いいでしょ!」
「まあ、いいわな。……あー、で、続き何だけど、あれだ。何度も死んでる身としては何も言えないけど、最善を尽くすっつー意味だよ」
どうせいつかは殺りあうんだ。気にしてなどいられない。
殺るしかないなら、全力で殺るしかないんだ。
「……はぁ。今回は誰ルートかしら」
「ああ? ルートってなんだよ」
「数多の世界で紅くんが誰とも付き合ってないとでも?」
「はあ!? どういうことだよ!?」
つ、付き合うって……。
嘘だよな?
「九陰ちゃんと甘々カップルだったり輝雪ちゃんと依存カップルだったり音音ちゃんと初々しいカップルだったり焔ちゃんと王道カップルだったり蒼ちゃんと禁断のカップルだったり」
「え? えええ?」
「紫ちゃんと親友カップルだったり舞さんと年の差カップルだったり」
親友カップルってなに!?
舞さんとも付き合ってんの!?
「そ、それに……」
「それに?」
この時、いっぱいいっぱいだった俺はよく考えず返事をしてしまった。
ちゃんとルナを見てれば、顔が真っ赤だという事に気付けたのに……。
「……私」
「………………」
「………………」
…………………………。
「えええええええええええ!!? お、お前何言って!」
「あ、えと、い、今の無し無し無し!」
お、お前とカップルなんて……。
「アホか!」
「ブーメランよそれ!」
「しまった!?」
俺の事だった!?
「……一旦落ち着きましょう」
「……おう」
熱くなったかおを冷ますように手で仰ぐ。ルナもぐったりだ。
……あー。どうしてこうなる。
「紅」
不意に、声がかかる。
「勝とうね」
「何にだ」
「領土戦にも。マキナ・チャーチにも。マキナ自身にも。全部」
「……お前、領土戦出ねえだろ」
「だから紅と皆に賭けるんだよ」
そうか。賭けるのか。
だったら、答えないわけにはいかない。
きっとそれが、何百回という時を一緒に流れた、俺とルナ……雪音との絆なのだから。
「任せとけ。全部に勝ってやるよ」
「任せたよ、紅」
この時、俺は重大な失敗を犯した。
この言葉の意味を、もっと考えれば、ちゃんと対処出来たかもしれない。
思い出せれば、動けたかもしれない。
“任せたよ”。
その言葉にどんな思いが込められていたかは、俺は知る由もないのだ。




