140.束の間の和也
「やれやれ。今お前に再起不能になられては困るんだ」
不意に背後から聞こえる声。
「……和也。つけてたのか」
「ああ。あまりにも不穏な空気だったからな」
じゃあ、全部見られてたんだな。おれの情けないとこ。
言い訳出来ないくらいに、ダメなとこ。
「紅。いつまでぼさっとしている」
「……うっせえよ」
「時は金なり。呆然としている暇があったら、行動するなり考えたり、他にすることがあるだろう」
「うっせえよ!!」
もう、正論はたくさんだ。
「正論ばっか言いやがって! 俺はたしかに過去しか見てないかもしれない! それでも、それでも俺なりに頑張ってきたんだよ!!」
心は粉々だ。
「晶たちが心の支えだったんだ! 情けねえかもしんねえけど、あいつらがいれば頑張れるって、本気でそう思ってたんだ!」
体は動かない。
「理由をあいつらに求めてた! そんなのとっくにわかってた!」
自分が何を言ってるかでさえ、わからない。
「助けてくれよ! どうしてまた失わなきゃならない! もう失う恐怖は嫌なんだ!!」
支離滅裂で、
「甘い夢見たっていいだろ! 永遠に続けばいいって思ってもいいだろ!」
ただ叫んで、
「前に進みたくなんかないんだよ!!」
吐き出した。
「……いつものお前とは正反対だな。まるで駄々っ子だ」
「……かっこつけてたんだよ。だけど、それも今日で終いだ」
失う恐怖に耐えれるほど、もう俺は強くない。
由姫が死んだあの時に、俺の心はもう、限界だったんだ。
「輝雪と似てる」
「似てねえよ。輝雪は考えて、頑張って、不安定だけど、今を生きてる。俺とはおおちがいさ」
自嘲気味に笑う。
きっと俺は、もう立ち直れないな。
「紅。なら、楽にやり直せる方法を教えてやろう。“特別な”お前だけの方法だ」
「……俺、だけ?」
「死ねばいい」
ドクンッ、と脈が跳ねた。
「デウス・エクス・マキナ……長いからマキナだな。このマキナを倒すことが俺たちの最終目標とも言える。そして、マキナ・チャーチはお前を狙い、月島 雪音はお前を守った。なら、マキナを倒す上で必要な要素はお前だ、紅」
和也が言いたいことを理解し始めた俺の体は、力が抜けていく。
「繰り返されたこの世界。抜け出すにはおまえが必要だ。なら、お前が死ねばこの世界はまたリセットされる。どうだ。お前だけの方法だ。それこそゲームみたいに、簡単にやり直せる」
ハチミツのように甘い誘惑だった。
おれが死ねば、また入学式からやり直せる?
俺が犯した失敗を、またやり直せる?
修正出来るのか? 未来が。今が。
全部……俺の心思いがままだ……俺が、“死ねば”……
『 』
由姫との思い出が頭をよぎった。
「……それだけは、無理だ。自分から死ぬことは……いや、死にに行く事だけは絶対に」
「なぜだ?」
「俺の命は由姫の命と引き換えなんだ。だから、俺が自分の命をわざと散らすのは、由姫への、そして俺を支えてくれた奴への冒涜だ」
この命は、俺だけのものじゃない。
俺にかけた、皆の命なんだ。
「“今”が繰り返されるなんて関係ない。“今”が一番大事なんだ」
そして、俺の答えに満足そうに和也は頷いた。
「なら、それが答えなんじゃないか?」
「答え?」
「どうせ旧お前の日常とやらは解散だ。だったら、また新しい日常を作ればいい。“今”が見れるお前になら、きっと出来るさ」
「……ぁ」
和也。お前。
「本当に、お前ら二人ともわかりにくい。氷野も紅、お前もだ」
「は、はぁ?」
わかりにくい?
「氷野はお前に賭けてたんだろう。お前なら、また立ち上がれるとな」
「は、話が見えないのだが……」
「さっさと行って来いBL」
「BL言うな! ……ああ、もう意味わかんねえけど、助かったよ和也!」
「手のかかる奴だ」
一言余計だ、たくっ。
・・・
・・
・
「晶」
「なーに紅」
「……悪かった」
「理解出来たのかな?」
「理解は、多分出来ない」
「……そう」
「でも、理解しようとする事は出来る」
「出来るの? 紅に」
「正直、出来るかはわからない。でも、昔だけを見るのはもうやめたいんだ」
「……はぁ〜。良かった〜。あのまま立ち直らなかったらどうしようかと思ったよ」
「……は?」
「もう、心配させないでよ紅」
「えっと、あれ全部演技?」
「え? 本気だよ? 紅があまりにも鈍感だからイラっときたからやったの。反省も後悔もしてないけどね」
「……試されてたのか、俺」
「これで、僕の“今”を紅に預けれるね」
「は? ……え、いや。でもお前の方が俺より……」
「紅。前より気弱になったね」
「う、うっせ!」
こうして、和也の手によって少しだけ、俺は進み始める事が出来た。




