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とりあえず平和な日常をくれ!  作者: ネームレス
領土戦での日常
137/248

136.束の間の九陰

 とりあえず秘密暴露は終わったようだ。

 まあ、特に変わった事もないな。せいぜいラスボスが居た事がわかったことくらいで……。


「ん? 電話? ……葉乃矢?」


 珍しい。あいつからとはな。


「もしも」


『紅! お前の妹はどうなってるんだ!? どうして俺の家を知っている!!』


「どうして蒼がお前の家にいる」


 あいつ……兄に挨拶も無しか。


「まあ、待ってろ。今すぐ」


『葉乃矢さん見つけた!』


『ぬわああああ!? 蒼!?』


『つーかまえた! そりゃそりゃ〜』


『ちょっ、やめ』


「……今すぐ爆発でもしてろくそ野郎」


『あ、これは誤か』


 ツー、ツー……。

 ………………。

 まあ、特に変わった事もないな。せいぜいラスボスが居た事がわかったことくらいで……。


「さーてと、今日はどうするかな」


「紅」


 袖がくいくいと引っ張られる。


「何すか九陰先輩」


「これ」


 なんかチラシ渡された。

 え〜と、なになに……。

【期間限定! ドデカ盛り海鮮ラーメン! お一人様5000円! ただし、十分で食いきるとなんとタダ! 強者求む!】


「……本気で食べる気か、これ」


「うん」


「行ってらっしゃ」


 瞬間。

 足を払われた。あまりにも瞬間過ぎて、払われた事にすら気付けず、受け身もまともに取れず床に倒される。


「がっ!?」


 背中に馬乗りをした九陰先輩は俺の右手を後ろで捻り曲げる。ギリギリと嫌な音がなる。


「……行こ」


 小首をかしげながら、可愛らしく言い放つ九陰先輩。

 和也曰く、最近チョロくなってる俺なら、もしかしたら行くと言ってたかもしれない。……こんな、少しでも抵抗を見せれば右手が折られるような状況でもなければ。


「……行きます」


 これは“言った”のではない。“言わされた”のだ。

 食のことに関しては、何処までもわがままで強引な人だ、この人は。


「……久しぶりに本気出す」


 その本気がどんなものなのか、今の俺は知る由もない。


 ・・・

 ・・

 ・


「紅、手」


「………………」


「♪〜♪〜」


 な ん な ん だ 。 こ の じょ う きょ う は 。

 整理しよう。

 俺はまず、半ば無理矢理に連れ出された。そしたら九陰先輩が何かに気付いたようにハッ、とした。こちらをチラチラ見て、今更ながらに罪悪感でも湧いたのかな? と思った俺は、とりあえず気にするなという意を込めて、頭を撫でた。そしたらどこかむすっとした表情で、九陰先輩はそそくさ移動するので俺はそれを追いかけ……るとこで急に止まった。さっきから何なんだと思った俺は、九陰先輩の顔色をうかがうと、顎に手を当て、何かを考え込むようにしたあと、急に手を繋ごうとか言い出して、繋いだら鼻歌を歌い始め気分上々だ。

 ……最初に戻る。


「紅、あそこ」


「アクセサリーショップ? いや、今はラーメン屋に……おい、引っ張るな!」


 地味に力が強えなおい!


「♪〜♪〜」


 結局入ることに。

 ……なんで九陰先輩こんなにはしゃいでるんだろうか。


「紅、紅。これ似合う?」


「ん? ああ、似合う似合う」


 自分でもかなり適当な返事だったと思う。


「紅、つまらない?」


 へいお嬢さん。何を今にも泣きそうになってるんだい? おい、やめて! 視線が集中するから!


「つまらないわけじゃないんだ。その、なんつーか、俺はファッションとかよくわからんし……」


「……そっか。あ、じゃあ二人の思い出になるもの」


 そう言うと、慌しく九陰先輩は言ってしまう。

 ……あのー、俺一人ですか?


「……はぁ」


 俺も探索がてら歩き回るかね。

 その時、視界にあるものが収まる。


「………………」


 周りを気にしながらも、俺はそれを手に持ちレジへと向かった。


 ・・・

 ・・

 ・


「ごめん、待った?」


「ああ。一時間ほどな」


「……そこは「今来たとこ」って答えるべき」


「正直に言って何が悪い」


「………………」


 むすっとされた。

 とりあえず撫でとく。

 笑顔になった。

 またむすっとした。

 あ、頬がプルプルしてる。面白い。

 継続して撫でてみる。


「〜〜〜〜!!」


「うわっ! 叩くな!」


 反撃された!?

 いたっ! ちょっ、やめ……!


「ああもう! さっさとラーメン屋行くぞ!」


 逃げるようにラーメン屋へと向かう俺に、納得しないながらも付いてくる九陰先輩。


「………………」


「………………」


 しかし、始まる無言タイム。

 うーん、どうしたものか……。

 ……あ。さっき買ったやつ。

 でも露骨かな。だが、今を逃すと……。


「九陰先輩」


「ん」


「これ」


「なに?」


 結局渡したのは小さな袋。

 九陰先輩はそれを開けて中身を見ると、少し驚いた顔をしていた。


「……猫?」


 正確には猫のヘアピン。犬もあったが、どちらにするか迷った結果、猫。犬は前に九陰先輩が犬耳やら首輪やら着けることを思い出すのでやめた。


「これ」


「ああ、その、似合うと思ったから……」


 やばい、恥ずかしい。

 誰か、モテる奴こういう時どうすればいいか教えてくれ。

 不意に、九陰先輩が抱き付いて……!?


「ちょっと!?」


「……嬉しい」


「……離れてもらえると助かる」


「ダメ」


「何故に!?」


「今、凄く表情が緩んでて、その……恥ずかしい」


「………………」


 そう言われて俺の羞恥心も凄いことになってるんだが。

 すると、ポケットに手を突っ込まれる感覚。


「お、おい!?」


「っ!」


「うわあ!?」


 密着されて今度は突き放された。

 なんだこの仕打ちは!


「おいこらっ! なにしやがる!」


「……紅」


 九陰先輩は少し先で立ち止まっていた。い、いったいなんなんだ。

 しかし、そんな思考もすぐに吹っ飛んだ。

 九陰先輩が振り返った。


「ありがと」


 俺の買ってやったヘアピンを付けて、満面の笑みを浮かべた九陰先輩に、俺は心を奪われてしまったのだ。


「……紅?」


「……お、おお」


「じゃ、行こ」


「……あ、おい!」


 立ち上がる時、ポケットに違和感。

 なんだ?


「……これ」


 ……ロケット? 写真とかいれる。

 ……これに何を収めりゃいいんだよ。


「ラーメンだよ紅!」


「なんか台無しだ……」


 ロマンチックな雰囲気がラーメンという単語だけで消えた気がする。

 ……大食いだしな。


 この日、ロケットにはラーメンを食い終わった記念に二人で撮った写真が納まった。

 悲劇の証拠となる、写真が。


 *


 なんなんだこの女。

 俺の初めての店。大食いメニューで話題になって、ラーメンも美味いと評判になった。

 しかし、しかしだ。


「おお! 7杯目だ!」


「おかわり」


 この黒髪のちっこい女。あのドデカ盛りを、7杯目だと!?

 やばい、ここまで食われるのは予想外だ。というか、それ以上だ。

 やばい、やばい、やばい、これ以上は店の経営に……!


「おか」


「迷惑だからそろそろやめんか!!」


「まだ満腹なってない……」


「お前の“本気”ってこのことか! いいから、そろそろ終われ!」


「ドデカ盛り、無料。なかなかないチャンス……」


「ああ、すいませんでした! もう帰りますんで」


「あと、あと一杯」


「ダメだ!」


「うぅ〜」


 俺はこの日、ドデカ盛りキャンペーンをやめた。

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