101.もうやだ逃げたい
「おっはよー!」
「うっせーぞルナ」
朝っぱらから元気いいな、雪音……改めルナは。
結局、月島の月から取って“ルナ”とあだ名が決定した。果てしなくどうでもいい。
俺が考案した月:ムーンと雪:スノーからムノー、無能というあだ名は出した瞬間に却下された。ウケると思ったのに。
で、今度はルナが「広めるのも手伝って!」と言うもので、こうしてわざわざあだ名で呼ばなきゃならん事になった。
「ねえ紅。ルナって?」
「ん? ああ、なんかそう呼べって急に言われた」
あくまで雪音……じゃなくてルナ自身が考案したという事にして、理由は秘密にする。これも昨日のうちに決めたこと。
……あくまでも輝雪と仲良くなりたいから、とは言えんのだな。
「ほら! あだ名あったほうがいいじゃん!」
「は、はぁ」
焔と晶はまだ慣れてないみたいだ。まあ、いきなり昔死んだ親友とのそっくりさんが出てもな。
俺はその前から結構こいつとは一緒に戦って、背中を預けあった仲……。
「あれ?」
「紅、どうしたの?」
「あ、いや。……何でもない」
俺は、ルナとそんなに戦ったことがあるか?
この前、刀夜たちと戦った時に初めて契約執行の姿を見ただけだぞ? 武器だって、何を使うかも知らない。
今思えば、俺は自身の行動に“不可思議な点が多すぎる”。
自分でも普通だと思ってる行動なのに、客観的に、他人みたいに思い出し、見てみると、思ってしまう。
俺は、こんなに強かったか?
記憶がある。あるんだ。なのに、俺の脳は思い出すことを拒否する。
どうして……。
「……ん?」
その時、思考の渦に迷っていた俺はその時初めて気付いた。
「……お前ら、何をやってんだ」
『さ、さあ』
晶が下敷きになり焔、ルナ、その上に輝雪と並び、その後ろでは和也が呆れている。
「いや〜、この女がいきなりあだ名で呼べって言うから、だが断る! て、拒否ったらいきなり暴れるもんだから」
「暴れてないわよ! 何で!? ってちょっと迫っただけよ。そしたら輝雪が触らないでよ! とか言い始めたんじゃん!」
「なるほど。そっから取っ組み合いになって止めようと晶と焔が間に入ろうとしたら崩れたわけだ」
「お、お察しの通りで」
難儀な奴らだ。
「そ、それより紅くん!」
「んだよ輝雪」
「き、昨日私。紅くんに何かしなかった?」
自分の鼓動がワンテンポ早くなり、体温が上昇していくのを自覚した。
いくら何でも、あれは……。
「……何も無かった」
「本当に……?」
「本当だよ。だいたい、迷惑かけられたら文句言うっつーの。そんな仲いいわけでもねーしな」
「……そう、だよね」
露骨に残念な雰囲気を出す輝雪。仲いいわけでもない、という部分に反応したのだろうか。
対象的に、珍しくニヤニヤする和也。こっちも、輝雪と同じところに反応したのだろう。
仲良くないから迷惑かけられたら文句を言う。
逆に言えば、仲がいいやつには多少の迷惑は無かったことにする。俺が輝雪にやったことだ。
木崎双子と仲が良いかと聞かれたら、微妙なところだ。自分でもわからない。
だが、一応はそこそこ連んでるし、大切では無いけど知人、とか?
……考えれば考えるほど土壺にはまるな、これ。
「よ、良かった」
「何が良かったんだ?」
「いや、酔っ払った勢いで紅くんを襲ってたらどうなってたかと何でもないからー!」
いや、完全アウトだ。野球ならトリプルプレー並にアウトだ。
「で、お前らは何がやりたいんだ?」
「紅と寝たい」
「紅くんと遊びたい」
「紅で遊びたい」
「焔はガッツリ寝てるだろ! 輝雪のそれは俺じゃなくてもいい! ルナは問題外! 頼むから俺を休ませてくれ……」
「いいじゃん」
「いいじゃん」
「すげーじゃん」
「A三つ並べなくていいから。最初からクライマックスとかいらないから」
「言葉の裏には針千本」
「千の偽り万の嘘」
「それでもいいなら」
「釣られねえよ? その流れには釣られねえよ俺は」
というか、こいつらの間では主人公が複数の想像から具現化するモンスターと一緒に戦う仮面ライダーでも流行ってるんだろうか。
「もう、ノリ悪いな」
「紅くん、もっと人生を楽しもうよ」
「休むなんて何時でもできるでしょ?」
『ついでに仮面ライダーなら全部いけるよ!』
「んな情報いらん!」
ダメだこいつら。早くなんとかしないと。
「というか今回は幼馴染のターンでしょ!? 私に譲りなさいよ!」
「嫌よ! 最近ライバル多いし!」
「いや輝雪、あなたが一番最後だからね?」
もうやだ。逃げたい。
その時、ドアの方で手招きする和也と晶を見て、俺も速やかかつ、ばれないように脱出するのだった。




