100.あだ名が欲しい
「……変な時間に目が覚めたな」
午前2時。
流石に早過ぎた。
だが眠気ももう無い。
「どうすっかな」
くそっ、気持ち良さそうに寝やがって。俺も酒飲んでやろうか。
……やめよ。何をするか自分でもわからん。
「うー……ん?」
なんだ? 下で音が……。
なんか眠れそうにもないし、足を階段へと向ける。誰がいるんだ?
居間に明かりが付いており、階段を降りた俺は足音を消しながらゆっくりと近付いた。
「……あ」
『え?』
あ、やべ。声出ちまった。
居間には二人の人間がいた。少し、意外な組み合わせだった。
「舞さんに雪音」
「こ、紅くん!? どうしてここに!?」
「……何故そこまで狼狽える」
意味がわからん。
「あ、いや、その〜」
「舞さん。何をやってたんですか?」
「凄く恥ずかしい事ですよ〜」
「……ほほう」
それはそれは。
「紅くん、凄く悪い顔になってるわよ」
「気のせいだろ。で、恥ずかしい事とは?」
「ダメ! 言わないで!」
「あだ名考えてました〜」
「舞さーん!?」
あだ名?
「なに? お前、あだ名のためぬこの時間帯まで起きて舞さんと相談してたの?」
「ち、違うわよ!!」
「みんなが寝てからなので〜、12時からの2時間です〜」
「だから言わないでー!」
「……お前にそんな願望があるとはな」
「ち、違うのよ! これには理由があるの!」
「理由?」
「それはですね〜」
「舞さん、さては寝ぼけてますね?」
雪音が凄い勢いで鬼気迫るという感じで舞さんに迫る。
「おいおい、続きが聞けねえだろ」
「ちょっと黙って紅くん。私のキャラを守るためにも絶対死守しなきゃ」
「言いふらすぞ」
「殺すわよ」
真顔で言われた。
というか睨まれた。
こいつは本当に俺のことが好きなのだろうか。
「いいじゃありませんか〜」
「良くないですよ!」
「私は言いたいです〜」
「確信犯!?」
「言わせないならキスしちゃいますよ〜」
最近このアパートではキスが流行ってるのだろうか。
「はっ。出来るも、んっ!?」
「ん〜♪」
……うわぁ。凄い映像だな。
何というのか、幼女が美少女にキスをするシーンって、なんかいろいろアウトな気もするんだが、絵的に大丈夫なのだろうか。
「……ふぇ」
「久しぶりにやりました〜」
雪音は何故か目がトロンとしている。あれは、堕ちてるな。
舞さんは舞さんで凄いこと言ってる。
「他にもやったことあるんですか?」
「この世界って、結構危険なんですよ〜」
「エルボスに関係が?」
そういえば前に、拷問ぐらい体験するとか言ってたな。つまり情報を吐かせるための色仕掛け?
「昔はこれでもキス一つで沢山のいたいけな少女たちを堕としたもんですよ〜」
「あーあー、俺には全く聞こえねえーなー」
俺は何も聞いていない。俺は何も聞いていない。俺は何も聞いていない。よし、言い聞かせ完了。
「昔はこれでも」
「ええい! 繰り返すな! ……で、結局何をしてたんですか」
「あだ名考えてました〜」
「ああ、そうでしたね。理由は」
「雪音さんが〜、自分の名前で輝雪ちゃんにびくびくされるのが嫌だから〜、あだ名を考えたいと言ってきまして〜」
「……輝雪のためか」
別に、そんぐらい話してもいいのに。
「なんか〜、私らしくないとか言ってまして〜、皆には秘密でやってました〜」
「雪音らしく、ね」
出てきて間もないキャラにそんな“らしい”もくそも無いだろうに。難儀な奴。
「紅くんも考えてくださ〜い」
「めんどくさくなってるでしょう、舞さん」
「本音言えば〜、そうですね〜」
「ま、いいっすけど」
「……はっ!」
お、目覚めた。
「……えーと」
「理由はばっちしだぜ!」
あ、なんか燃え尽きたかのように真っ白になった。
「死のう」
「早えよ」
どれだけ嫌なんだよ。
「もういいから、さっさと考えようぜ」
「はぁ、恥ずかしい」
「何でだよ」
「好きな人にあだ名を付けてもらうなんて、恥ずかしい事この上ないでしょ」
「……そーかよ」
その後、俺たちは結局一晩明かして考えた。
あれもダメこれもダメ。わがまま娘に翻弄されながらも、やっとか決まった。
でも、退屈は無かった。こいつといる時間は、なんだかんだで楽しい、と思う。
だから、その時舞さんが悲しそうな表情をしてたのは、気のせいなのだと思った。




