第八話:王都のドレスと自作グッズ
月芋のシチューが、リリアの心に届くことはなかった。味覚という、記憶に深く結びつくはずの感覚でさえ、彼女の魂を揺り動かすことはできなかったのだ。
けれど、私は諦めない。食事がダメなら、次は視覚に訴えるもの。形ある「物」に、私の想いを託すのだ。
まず、私は「リリア型マスコット」の自作に取り掛かった。彼女の、あの夜のように深い黒髪を模した黒い糸と、彼女の魂の輝きを表現した銀の糸。慣れない手つきで針を動かし、何度も自分の指を刺してしまいながらも、私は夢中で縫い続けた。不格好だけれど、私の愛情だけは、たっぷりと込められているはずだ。
「リリア、少しじっとしていて」
完成したそれを、そっとリリアの侍女服の胸元に付けようとした、その時だった。
リリアは、私の手からマスコットを静かに受け取ると、それをじっと見つめ、そして、こう言った。
「業務の邪魔になります」
冷たく、合理的な、事実。
彼女は、そのマスコットを丁寧に畳むと、寸分の狂いもない所作で、部屋の小物入れにそっとしまった。私に返さず、かといって捨てもしない。それが、彼女なりの最大限の配慮なのだろう。だが、その完璧な配慮こそが、私の心を深く傷つけた。
(……小さいから、いけないのよ)
私は、気を取り直して、次の計画を実行に移した。
「食事がダメなら、次は衣服よ」
小さなマスコットでは、彼女の心には響かない。もっと、圧倒的な「美」が必要なのだ。
私は、王都で今、最も流行しているという美しいドレスを取り寄せた。柔らかな絹を幾重にも重ね、繊細なレースで飾られた、芸術品のような一着。こんな素敵なドレスを見れば、きっと、リリアも…。
「リリア、あなたのために用意したの。着てみてくれるかしら」
期待に胸を膨らませ、私はリリアにドレスを差し出した。
リリアは、そのドレスを広げ、隅々まで検分すると、静かに首を横に振った。
「侍女としての機能性を著しく損ないます」
「え…?」
「この袖では、お茶をお淹れする際に邪魔になります。裾のレースは、緊急時に駆け出す際に、足に絡まる危険性がございます。また、この生地は汚れに弱く、日々の業務に耐えられません」
あまりにも、理路整然とした、完璧な拒絶の理由。
私は、何も言い返すことができなかった。自らの無力感に、ただ深く打ちのめされるだけだった。
その夜。
リリアが私の隣のベッドで、静かな寝息を立てているのを確認し、私は音を立てずに起き上がった。手には、あの、リリアに拒絶された美しいドレスがある。
(あなたが分かってくれないのなら、仕方がない)
月明かりだけが差し込む薄暗い部屋で、私はリリアの寝顔を覗き込む。無垢で、無防備な、人形のように美しい顔。
私は、まるで儀式のように、その眠る体の傍らにドレスを広げた。そして、震える手で、彼女の簡素な寝間着の上から、そっと、絹のドレスをあてがってみる。
ひんやりとした絹の感触。私の指が、彼女の肌に触れないよう、細心の注意を払う。
(……きれいよ、リリア)
声には出さず、心の中だけで囁く。
侍女服ではない、華やかなドレスを纏ったあなたを、一目だけでも、見たかった。このドレスは、あなたのためにあるのよ。
私の歪んだ自己満足。けれど、もう止めることはできなかった。ドレスの柔らかな生地を、彼女の肩から滑らせ、その身体のラインに沿わせる。その倒錯的な行為に、私の心臓は早鐘を打っていた。
その時、リリアが小さく身じろぎし、「ん…」とかすかな寝息を漏らした。
私は、はっとして動きを止める。心臓が、喉から飛び出しそうだった。
やがて、リリアは再び穏やかな寝息を立て始める。
私は、彼女の眠りを妨げたかもしれないという罪悪感と、満たされることのない渇望に襲われ、その場に崩れ落ちそうになる。手の中には、虚しく滑り落ちた絹のドレスだけが残されていた。
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