第七話:厨房のシチューと推し色ドリンク
私の「リリア観察日記」による科学的探求は、新たな段階へと移行していた。彼女の行動パターンを分析する中で、私は一つの仮説に至ったのだ。それは、味覚や嗅覚といった、より根源的な感覚への刺激が、魂の残滓を呼び覚ますトリガーとなり得るのではないか、というものだ。
「料理長、少し良いかしら」
私は白氷城の厨房を訪れ、腕利きの料理長に特別な依頼をした。
「リリアをイメージした、オリジナルの飲み物を作ってほしいの。彼女の、あの夜のように深い黒髪と、少し癖のある柔らかな雰囲気を表現したものを」
料理長は、私の抽象的な注文に一瞬戸惑いの表情を見せたものの、すぐにプロの顔つきで頷いた。
「かしこまりました、セレスティーナ様。腕によりをかけて」
そして数時間後、完成したのがこの飲み物だった。
グラスの中には、艶やかな黒すぐりのような、深い紫色の液体が満たされていた。一口飲むと、ベリーの甘酸っぱさの中に、心を落ち着かせるハーブの香りがふわりと鼻を抜ける。
「素晴らしいわ! まさにリリアそのものね!」
私は絶賛したが、試飲させられた老執事や他の侍女たちは、その独特な風味に、一様に微妙な顔をして首を傾げている。ふふ、素人には、この芸術的な味わいはまだ早かったようだ。
そして、本命の計画に取り掛かる。日記を読み返していた私は、リリアが王都にいた頃、市場の屋台で売られている「月芋のシチュー」を好んで食べていた、という記述を発見したのだ。些細な記憶の断片。だが、これこそが、彼女の魂への扉を開く鍵かもしれない。
「料理長、急で申し訳ないのだけれど、これを完璧に再現してちょうだい」
私は、記憶を頼りに書き起こしたレシピを料理長に手渡した。彼は、私の真剣な眼差しに何かを感じ取ったのか、無言で頷くと、すぐに調理に取り掛かってくれた。
夕食の席。テーブルには、湯気の立つ月芋のシチューが並べられた。とろりとしたクリーム色の中に、黄金色の月芋が優しく浮かんでいる。完璧な再現度だ。
私は、自らスプーンを手に取り、ふうふうと息を吹きかけて冷ましたシチューを、リリアの口元へと運んだ。
「リリア、あーんして」
かつて、彼女が私にしてくれたように。
リリアは、ただ無表情に、小さな口を開けてそれを受け入れた。黙々と、スプーンを口に運ぶだけだった。その瞳に、懐かしさや喜びの色が浮かぶことは、ついになかった。
分かっていたはずだった。そう簡単にはいかないことなど。
けれど、万に一つの奇跡を期待していた心は、ずきりと痛んだ。
私は、空になったシチューの皿を見つめながら、悔しさに唇を噛む。
私の「推し活」は、またしても空回りに終わってしまった。だが、諦めるわけにはいかない。道は、まだ無数にあるはずなのだから。
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