第六話:リリア観察日記と推し語りセミナー
あの日、リリアの指先に微かな魂の残滓を見出して以来、私の行動方針は定まった。感情論や奇跡に頼るだけでは不十分だ。私は、リリアという存在を構成するあらゆる事象を科学的に分析し、客観的な言葉で記録していくことにした。
その探求の成果が、この「リリア観察日記」である。
(抜粋)
第七月十三日 天候:晴れ
・睡眠時間:7時間14分。寝返りは3回。いずれも右向きで、極めて安定的。
・睫毛:目測8ミリ。蝋燭の光を浴びて頬に落ちるその影は、ああ、まるで夜の蝶の羽のようだ。この現象がもたらす視覚的効果は、観測者の心拍数に微細な影響を与える可能性があるため、要継続観察。
・寝息:安定した呼吸。その音色は、かつて父が書斎で聞いていた古のハープの旋律を想起させる。音響心理学的な観点から、極めて稀有な癒やしの効果を持つと推察される。
日記には、こうした客観的なデータが、日々、蓄積されていった。冷静な観察と熱意ある継続。これこそが、彼女を救うための鍵となるはずだ。
そして、分析を進めるうち、私は一つの結論に達した。このリリアの素晴らしさを、私一人が独占していてはならない。城のスタッフ全員が彼女への理解を深め、一丸となってサポート体制を築く必要がある、と。
「二人とも、少し時間をちょうだい。本日より、第一回『リリアの素晴らしさを語る会』を始めるわ」
私は、老執事と料理長を自室に呼び出し、そう告げた。二人は「はあ」と気の抜けた返事をしながら、困惑した様子で顔を見合わせている。ふふ、無理もない。私の、あまりに革新的な試みに、思考が追い付いていないのだろう。
私は、この日のために用意したフリップ(羊皮紙に図解を記したもの)を掲げた。
「まず、議題1。リリアの侍女としての完璧な所作についてだが――」
私は熱弁を振るい始めた。
「例えば、彼女がお茶を淹れる際の手首の角度。これは常に32度を維持している。私の計算によれば、これは茶葉の風味を最大限に引き出しつつ、湯の温度低下を最小限に抑える、まさに『黄金角』なのだ!」
「次に、廊下を歩く際の歩幅。常に72センチ。これは、緊急時に即座に駆け出すための最適な歩幅であり、同時に、主君たる私に精神的な圧迫感を与えない、絶妙な距離感を保つという心理的効果も計算されている!」
私の論理的かつ情熱的なプレゼンテーションに、老執事と料理長は言葉を失い、ただ呆然と私を見つめている。ああ、分かる。分かるわ。リリアという存在の奥深さに、感動で打ち震えているのでしょう。
小一時間にわたる熱弁を終えた私は、満足感に浸っていた。これで、城のスタッフのリリアへの理解度は、飛躍的に向上したはず。
その夜、私は再び「リリア観察日記」を開いた。
第七月十四日 天候:曇り
・本日、「リリアの素晴らしさを語る会」を開催。老執事、料理長共に、私の論理的な説明に深く感銘を受けていた様子。情報共有の観点から、極めて有意義であったと結論づける。
・所感:私の言葉は、あの二人の心に届いただろうか。リリアの素晴らしさは、まるで夜空に輝く星々のよう。一つ一つの輝きを数え上げても、そのすべてを語り尽くすことはできない。ああ、この気持ちを分かち合える同志が、もっと欲しい。
・追記:セミナー中のリリアの瞳の光の反射率が、通常時より3%上昇していたように見える。これは私のプレゼンに対する、深層心理レベルでの肯定的な反応と見て間違いないだろう。
そうだ。私の科学的探求、すなわち「推し活」は、まだ始まったばかりなのだから。
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