第五話:女王の歪んだ献身と「推し活」予算
赤き戦姫、イザベラ様が嵐のように王都へ帰還されてから、数日が経った 。あの方の滞在中は、城の者たちの筋肉が悲鳴を上げ、厨房の食料が日に日に減っていくという、かつてない活気(と混乱)に満ちておりましたが、今は再び、湖面のような静寂が白氷城を包んでおります。
しかし、その静寂は、以前のものとは明らかに質が異なっておりました。
あの日、刺客の襲撃という痛ましい事件の後、我が主君、セレスティーナお嬢様の御心は、ある一つの方向へと、固く、そして少々、歪んだ形で定まってしまわれたようにお見受けいたします。
「リリアを守るため」。
その大義名分のもと、お嬢様はリリア様を片時もご自身の側から離さなくなりました 。食事も、書斎での仕事も、そして夜の寝室までも。他の侍女はすべて遠ざけられ、リリア様の身の回りの世話は、お嬢様が自ら行うようになってしまったのです。
それは、あまりにも歪んだ献身。まるで、美しい鳥を愛するあまり、金の籠に閉じ込めてしまうかのよう。長年お仕えしてきたこの老いぼれの目には、お嬢様のお振る舞いが、深い愛情と、そしてリリア様の心を壊してしまったという罪悪感からくる、痛ましいものであると映っておりました 。しかし、あの日の希望を見出した瞳を知る者として、私にできるのは、ただ静かにお仕えし、見守ることだけでございました 。
その夜、私はお嬢様に執務室へと呼び出されました。
蝋燭の灯りに照らされたお嬢様は、いつになく真剣な、そしてどこか吹っ切れたような表情で、私にこう宣言されたのです。
「これより、全力でリリアを推します」
「……は?」
お、推します…? 申し訳ございませんが、その言葉の意味するところを、この老いぼれの辞書から探し出すことはできませんでした。私が言葉もなく立ち尽くしておりますと、お嬢様はさらに続けられます。
「城の予算に、新たに『推し活』の項目を設けなさい。そして、今後、リリアを救うために必要な経費は、全てそこから捻出するように」
あまりに突飛なご命令に、私は絶句いたしました 。『おしかつ』予算。それは一体、どのような経費なのでしょうか。ヴァイスハルト家の財政は、果たして、この先も安泰なのでしょうか。脳裏に、家の未来を本気で憂う、現実的な不安が広がります 。そして、お嬢様の御心に対する、不安も。
しかし、お嬢様の、その月白色の瞳を見つめた瞬間、私の不安は霧散いたしました。
そこに宿っていたのは、決して自暴自棄ではない、悲壮なまでの、そして揺るぎない決意の色 。その目は、ああ、今は亡き、お父様に似ておられます。お嬢様は、ご自身のやり方で、艱難辛苦に立ち向かおうとされているのだ。ならば、この老いぼれの役目はただ一つ。
私は、深く、深く、頭を垂れました。
「かしこまりました、セレスティーナ様。早速、予算の編成に取り掛からせていただきます」
我が主君の進まれる道が、いかなる茨の道であろうとも、この身命を賭してお支えする。それが、ヴァイスハルト家に仕える執事としての、私の覚悟なのでございます。
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