第三十四話:聖地巡礼・温室にて
白氷城を出て、数日。
私とリリアが最初に目指した場所。それは王都にある、天媒院の温室だった。
かつて私が学生として過ごした学び舎。そしてリリアと多くの時間を共にした、思い出の場所。
北への決死の旅とは違う。穏やかな日差しの中、馬車に揺られて進むその道のりは、私の心をどこまでも安らかにした。
温室の中は、あの頃と何も変わっていなかった。
暖かく湿った空気。甘い花の香り。ガラスの天井から降り注ぐ、柔らかな光。
私はリリアの手を引き、温室の一番奥にあるベンチへと向かった。
二人でよく、ここでお茶を飲んだものだ。
私たちはその思い出のベンチに、並んで腰掛けた。
リリアは相変わらず何も言わない。その瞳は、ただ前方の異国の花を見つめているだけ。
私はそんな彼女の横顔に、静かに語りかけた。
「覚えているかしら、リリア。ここであなたは、いつも私の愚痴を聞いてくれたわね」
あの頃、私はまだ未熟で、貴族社会の息苦しさに一人苛立っていた。
そんな私の心を解きほぐしてくれたのは、いつもあなたの言葉だった。
「わたくしには友人がいなかった。いいえ、友人の作り方さえ知らなかった。そんなわたくしに、あなたは初めて対等な言葉をくれた」
私は懐から一輪の白い月光花を取り出す。ヴァイスハルト家に咲く、特別な花だ。
そしてその花を、そっとベンチの上に置いた。
「ここで、あなたはわたくしに友人という宝物をくれました。…ありがとう、リリア」
それは、感謝の言葉。
そして、かつてのあなたへの、別れの言葉。
私はもう、思い出の中に生きるあなたを追い求めはしない。
私の隣にいる今のあなたと、共に歩いていく。
一陣の風が吹き、月光花の花びらが一枚、ひらりと舞った。
その花びらは、まるで何かに導かれるように、リリアの膝の上に落ちる。
彼女は、その花びらを払いのけるでもなく、ただ静かに受け入れていた。
その光景が、まるで過去の私と今の私が、静かに和解した証のように思えた。
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