第三十二話:女王の宣言
儀式は破られた。
光が収まった時、そこに立っていたのは力を失いよろめくアザレアの姿だった。
彼女は憎しみを込めて私たちを睨みつける。
「必ず…」
その声は、時の彼方から響いてくるかのようだった。
「必ず…過去を、取り戻す…」
その言葉を最後に、彼女の体は光の粒子となって霧散し、時の狭間へと姿を消した。
後に残されたのは、崩壊し、ただの氷の塊へと戻っていく島と静寂だけ。
私はリリアと手を繋いだまま、アザレアが消えた虚空をただ見つめていた。
戦いは、終わった。
そう思った、瞬間だった。
「――ちぇっ。つまらない結末ね」
甲高く、そして心底退屈そうな女の声がどこからともなく響き渡った。
空間が再び歪む。私たちの目の前に、黒いドレスを身に纏った第六の魔女ネヴァンが姿を現した。その顔には、最高の「物語」を台無しにされた脚本家の怒りが浮かんでいる。
「よくも、わたくしの舞台を台無しにしてくれたわね。ようやく悲劇のヒロインが完成したというのに」
舞台。
その、一言が、私の、心の、琴線に、触れた。
「…あなたの、舞台ですって…?」
私の声に氷の怒りが宿る。「リリアの犠牲もアザレアの悲しみも、全てはあなたの退屈しのぎだったというの…!」
「あら、人聞きの悪いこと。わたくしはただ、最高の物語が見たいだけ。筋書きが気に入らないのなら、あなたがもっと面白いものを見せてくれれば良いだけの話でしょう?」
ネヴァンのあまりにも身勝手な言葉。
けれど、その一言が私の覚悟を本当の意味で完成させた。
そうだ。この魔女に分からせてやらなければ。
私はリリアの手を握りしめたまま、胸を張った。そしてこの世界の理不尽そのものである魔女に、高らかに宣言する。
「ええ、そうね。あなたが見たいのは最高の物語なのでしょう? ならば、わたくしが見せてさしあげるわ」
私の声はヴァイスハルト家の当主として、一つの未来を担う女王として、この黒氷の島に響き渡った。
「この『災厄の器』が、心を失った『転生者』と共に。このままの彼女と共に、運命を乗り越え、世界で一番幸せになるという、前代未聞のハッピーエンドを」
その私の宣言に、ネヴァンは一瞬きょとんとした顔をした。
そして次の瞬間、お腹を抱えて笑い出した。
「くっ…ふふ、あはははは! 面白い! なんて面白いなの、あなた! このわたくしの舞台で、ハッピーエンドですって? なんて馬鹿で、なんて素敵なの!」
ネヴァンの瞳に狂気的な歓喜の光が宿る。
「でもねえ、お姫様。人の心なんてうつろいやすいものよ? その綺麗な絆が、いつか憎しみに変わるかもしれないわねえ」
「あなたこそ、その目で見届けるといいわ」
私は強気に言い返した。「私たちの未来を」
その言葉に、ネヴァンは心底満足げに笑った。
「ええ、ええ! そうこなくっちゃ! その前代未聞のハッピーエンドとやら、このわたくしが特等席で見届けてあげる。せいぜいわたくしを楽しませなさいな、氷のお姫様」
その言葉を最後に、ネヴァンはふっと姿を消した。
本当の嵐が過ぎ去った。
後に残されたのは、静寂と崩れゆく足場だけ。
極度の緊張から解放された私の体から、急速に力が抜けていく。視界が暗転し、私はその場にふらりと倒れ込みそうになった。
その体をリリアが静かに支える。
感情のない侍女の、完璧な動きで。
支えられた腕の中、私は安堵と疲労の混じった笑みを浮かべた。
そして私を見下ろす、その硝子玉のような瞳に語りかける。
「…ありがとう、リリア」
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