第二十九話:定められた未来
私の心に初めて恐怖が、その暗い影を落とし始めた。
傍らでリリアが小さくうめき声を漏らしている。彼女は膝をつき、その体は小刻みに震えていた。先程のアザレアの「残響未来」、その余波に当てられてしまったのだ。その硝子玉のような瞳は今、この現実ではないどこか別の悪夢を映している。動くこともままならないようだった。
アザレアは悪夢に囚われたリリアを、道端の石ころでも見るかのように一瞥した。そして興味を失ったように視線を外し、ただ真っ直ぐに私へと歩みを進める。
その無慈悲な光景が、私の折れかけた心に最後の闘志を灯らせる。
魔術が通じないのなら。理屈が通じないのなら。
残されたものは、ただ一つ。
私は懐に忍ばせていた護身用の短剣を抜き放った。
極北の厳しい旅のために用意した、最後の抵抗手段。
ヴァイスハルト家の当主として、そして、リリアの『推し』として。無様にここで終わるわけにはいかない…!
私は床を蹴り、アザレアの胸へとその銀の刃を突き出した。
だが。
アザレアは避けなかった。
私の渾身の一撃は、まるで陽炎を斬りつけたかのように何の手応えもなく、彼女の体をすり抜ける。私の腕に残ったのは、ぞっとするような虚無の感触だけ。
私がそのあり得ない現象に呆然とした、その一瞬の隙。
アザレアの白い手が私の手首へと伸びてきた。
防ごうと身を引く。けれどその手は、私の腕を、皮膚を、筋肉を、まるで存在しないかのように通り抜け、私の内側から短剣の柄を握りしめた。
「…!」
声にならない悲鳴。
彼女の指が、私の指を一本、一本、優しく、しかし抗いようのない力で開かせていく。
私の手から滑り落ちた短剣は、いつの間にか彼女の手に握られていた。
私はただ、呆然とその光景を見上げていた。
力も、知恵も、覚悟も、そして最後の物理的な抵抗手段さえも、全てを奪われた。
私の全てが、この古の少女の前では無力だった。
アザレアは私の短剣をその物悲しい瞳で見つめると、静かに私へとその切っ先を向けた。
その瞳に宿るのは憎しみではない。ただ、深い、深い憐れみの色だった。
「あなたの『未来』など、初めから決まっている…」
その囁きと共に。
アザレアは私の短剣を、私自身の胸へと振り下ろした。
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