第二十八話:女王の戦術と世界の理
悪夢の奔流から、私の意識は現実へと引き戻された。
その瞳に再び光が宿る。視線の先には、表情の抜け落ちているアザレアの顔がある。
(狙うは、アザレア本人ではない。彼女をこの地に繋ぎ止めている、儀式そのもの…!)
私の目的は世界の崩壊を阻止すること。そのためにはまず、儀式の術者である彼女を無力化しなければ。
私の言葉は、この空間の支配者に対する宣戦布告だった。私が、すっ、と、息を吸い込むと、島の、純粋なエーテルが、私の内に、流れ込む。そして、吐く息と共に、それは、無数の、ほとんど目に見えないほどの、極小の氷の針へと、編み上げられ、アザレアの周囲の空間を、満たしていく。
私の環流マナ術は、自然な呼吸と、一体なのだ。
「私の未来は、私が決める…!」
それは、彼女と、彼女が手繰る因果の糸との繋がりを寸断するための、精密な一撃。
氷の針が、アザレアへと殺到した。
だが、私の目に映ったのは、信じがたい光景だった。
氷の針は、アザレアの体を、そして彼女が操る因果の糸を、まるでそこに何もないかのようにすり抜けていく。防がれたのではない。当たらないのだ。私の攻撃は、彼女という存在に、一切、干渉することができない。
(なぜ…?)
私は直感的に理解してしまった。
彼女は、この世界の理の中にいない。古の律章術という、今は失われた別の理で、ここに存在している。だから、この世界の理に則った私のどんな攻撃も、彼女には届かない。彼女は、この世界から「ずれた」存在なのだ。
(…直接攻撃は、無意味)
私は即座に判断を下す。ならば、狙うは、儀式の基盤そのもの。
私は、両手を、黒氷の大地に叩きつけた。そして、深く、息を吸い、吐き出す、その、呼気に、起動句を、乗せる。
「――凍昌。『白銀の庭園』」
島そのものを、絶対零度の静寂で満たし、儀式のエーテルの供給を、根こそぎ、断ち切る! 島全体が、私の魔力に呼応して、白銀の霜の結晶に覆われていく。
だが、それも一瞬だった。
アザレアは、ただ静かに、そこに立っているだけ。島を覆い尽くそうとした白銀の庭は、まるで春の雪のようにはかなく溶けて消えた。
「この島は、もう、私が編み上げた過去の一部。あなたの『今』の力では、干渉できない」
直接攻撃も、環境への間接攻撃も、通じない。
私の戦術が、一つ、また一つと、意味を失っていく。焦りが生まれる。けれど、まだだ。
(ならば、狙うは、あなたと儀式を繋ぐ、マナの流れ…!)
私は残る全ての魔力を集中させ、一つの術式を編み上げた。
それは、対象の魔力そのものを、内側から凍結させ、その繋がりを断ち切る、私の奥の手。
だが。
術式が完成する、その寸前。
私の体から、ふっと力が抜けた。編み上げていた複雑な術式が、まるで砂の城のように、さらさらと崩れていく。
アザレアが、私を見ていた。
「あなたの魔法が、成功するという『原因』は、存在しない。故に、『結果』もまた、生まれない」
万策尽きた。
私の力も、知恵も、覚悟さえも、この、世界の理の外に立つ、彼女の前では、何の意味もなさない。
どうすればいい。
どうすれば、この絶対的な存在に、一矢報いることができるというのか。
その問いかけに、答えはない。
私の心に、初めて、恐怖が、その暗い影を落とし始めた。
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