第二十五話:凍てつく心臓の湖へ
ゲルダに導かれ、私とリリアは、彼女の家を後にした。
一歩外へ出ると、そこは、相変わらず、風もなく、音もない、不自然なほど穏やかな野原が広がっている。
私たちは、その絵画のような静寂の中を、湖へと向かって歩き始めた。
道中、私たちは再び幻覚を見せる領域へと足を踏み入れた。けれど、もう私の心は悪夢に揺らぐことはない。
ふと、私の目にあり得ない光景が映った。荒涼とした凍てつく大地に、ぽつんと湯気の立つ温かそうな池がある。それは、かつてリリアが好きだった月芋のシチューで満たされていた。
私は少し悪ふざけをして、隣を歩くリリアの腕を楽しげに引いた。
「リリア! あんなところに月芋スープの池があるわ! 今日の夕食はあれにしましょうか!」
そうはしゃいでみせる私に、リリアはその硝子玉のような瞳をゆっくりと向けた。そして、平坦ないつもの声で、こう窘める。
「お嬢様、あれは幻覚です」
「……」
あまりにも冷静で的確な指摘。私は思わず赤面した。
けれど、そのどこかちぐはぐなやり取りが、不思議と私の心を温かくした。
やがて、私たちは目的地である湖のほとりに到着した。
「凍てつく心臓の湖」。
それは水が凍ったものではない。この世界の万物を構成する根源要素、純粋な「エーテル」が、永い時をかけて凝縮し、結晶化したものなのだ。その静かで圧倒的な力の奔流を前に、私は息を呑んだ。
ゲルダが、手に持った樫の杖で、湖面を、とん、と軽く叩く。
すると、私たちの足元から、湖の中央に浮かぶ黒氷の島へと向かって、月光を編んだかのような、眩い光の橋が、音もなく、架かっていく。
「…ここから先は、私は手を出せない。私は、『今』を生きていない。私は、所詮、おとぎ話の魔女さね」
自嘲気味に、キヒキヒと笑いながら魔女はいう。
「あんたたちに、良き未来が訪れることを、祈っとるよ。これでも、我らは昔、『神子』と呼ばれたものさ。」
「ええ…ありがとうございます。ここまでの助力に、ヴァイスハルト家当主として、多大なる謝意を。」
私たちは、ゲルダの架けた橋を、一歩ずつ、慎重に渡り始めた。
島が近づくにつれて、空気が、ぴりぴりと、肌を刺すように、震え始めるのが分かる。
ふと、振り返ると、魔女の姿は、まるで陽炎のように曖昧なものとなっていた。
私は、軽く会釈をした後、毅然と前を向き、再び歩き出す。
そして、私たちは、黒氷の島に、たどり着いた。
世界の、運命が、決まろうとしている、その、中心地へと。
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