第二十四話:因果の糸と女王の覚悟
ネヴァンの誘惑を振り払った、次の日の朝。
私の心は、嵐が過ぎ去った後の湖面のように、静まり返っていた。ゲルダは、そんな私の顔を一目見ると、全てを察したように、深く、そして優しく頷いた。
「どうやら一番厄介な試練は、乗り越えたようだね、お嬢ちゃん」
老婆は暖炉の火に新たな薪をくべながら言った。「これでようやく、本当の話ができる」
「本当の話?」
「そうさ。あんたが探している『眠りの蒼苔』。そしてあんたが本当に戦わなければならない、相手の話だよ」
ゲルダは揺らめく炎を見つめながら、その重い口を開いた。その声は、もはや、おとぎ話を語る老婆のものではなく、世界の理を見通す、賢者の響きを帯びていた。
「『眠りの蒼苔』は、この先の『凍てつく心臓の湖』、その中央にある黒氷の島にしか生えてはいない。あの湖は、ただの魔力の結晶ではない。この世界の万物を構成する根源要素、純粋な『エーテル』が、永い時をかけて凝縮したものさ。そして今、アザレアは、その湖を動力源として、禁忌の儀式を行っている」
「禁忌の儀式…」
「ああ。古の『律章術』の奥義、『過去再編纂』。あの娘は、この世界を織りなす、無数の『因果の糸』を、無理やり、解きほぐしているのさ」
ゲルダは、まるで、その光景が目に見えるかのように、空中で、糸を紡ぐような仕草をした。
「因果の糸。それは、人の選択、世界の出来事、その全ての歴史を記録した、時の流れそのもの。アザレアは、今、この瞬間に繋がっている糸を断ち切り、彼女が望む、古の、傷のない過去の糸を、無理やり、繋ぎ合わせようとしている。…『大潮期』で、世界の理が、僅かに、緩んでいる、この時を狙ってね」
(これが…私の悲劇が、演じられた、舞台の、仕組み)
私は、静かに、拳を握りしめた。
「だが、そのような無理、それに手を出した古代文明が証明している。もし儀式が完成すれば、世界の『今』は、ただ、取り返しのつかない、混沌へと、崩壊するだろう。多くの亡骸の上で、彼女たちは甘い夢を見るのだろうさ。」
リリアを救うための唯一の希望は、世界の崩壊を目論む儀式の、まさにその中心にある。貴族として、リリアの主人として、もはや行かないという選択はなかった。
「もう時間がない」
ゲルダは立ち上がると、家の出口を指差した。
「ネヴァンは、あんたが自分の誘いを断ったことに腹を立てているだろう。あのお転婆娘が次にどんな悪戯を仕掛けてくるか分かったものじゃない。儀式が完成する前に、行こう」
私は黙って頷いた。
そして隣に立つリリアの手を、強く握りしめる。
私とリリアは、凍てつく心臓の湖へと続く白銀の世界へ、その第一歩を踏み出した。
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