第二十話:壊れた人形とお茶会の終わり
「時間が書き換えられている? 壊れたお人形が踊っている?…お話の意味が分かりません。どうか、私に分かる言葉で、説明してください」
私の、悲痛なほどの問いかけに、ゲルダは、悪戯っぽく笑うのをやめ、その深い瞳で、私をじっと見つめ返した。
「お嬢ちゃんは、真っ直ぐな言葉がお好みのようだね。よろしい。ならば、少しだけ、このおとぎ話の、種明かしをしてあげよう」
彼女は、暖炉の火が落とす影を指差した。壁に映った影が、まるで人形劇のように、ゆらゆらと形を変え始める。
「昔々、忘れられた遊びがあったのさ。その遊びには、厳しい決まりごとがあってね、それを『律章』と呼んだ。アザレアというのは、その決まりごとの、最後の、たった一つだけ残った切れ端。人の形をした、生きた決まりごとさ。たった一つの決まりごとなんて、とても寂しくて、不安定なものだろう?」
壁の影が、一人、悲しげに佇む、少女の姿を映し出す。
「そこへ、とっても悪戯好きな観客が、やってきた。ネヴァンという、退屈が大嫌いな魔女さ。その子は、壊れかけのお人形を見つけて、面白い物語が見られると、喜んだ。だから、お人形の耳に悪夢を囁いて、『あたしが影と糸で、あなたを繋ぎ止めてあげる。だから、もっと面白く、踊って見せて』と、契約を結んだのさ」
影の少女に、別の、歪んだ影が寄り添い、無数の糸で、その体を操り始める。
私は、息を呑んで、その光景を見つめていた。おとぎ話の体裁をとってはいるが、その内容は、あまりにも禍々しい。
「そのお人形の踊りが…『世界の歪み』だと?そして、それが、私とリリアに、何の関係があるというのですか?」
私の問いに、ゲルダは、こくりと、物悲しそうに頷いた。
「お人形の踊りはね、舞台そのものを、揺さぶるのさ。あちこちに、亀裂が入る。そして、その最初の亀裂は、他ならぬ、あんたの足元で入ったんだよ」
「私の…足元で…?」
「そうさ。覚えていないかい? あんたという、とびきりの役者を、無理やり、望まぬ役で舞台に上げようと、舞台装置を壊しにかかった、馬鹿者たちがいただろう。あの時、あんたの力が暴走したのは、そのお人形の、最初の、滅茶苦茶な踊りのせいなのさ」
なるほど、それは大いに関係がある。
あの日の、律章復興派の襲撃。私が「災厄の器」として覚醒しかけた、あの悪夢。
あれは、ただの襲撃ではなかった。全ては、大魔女が仕組んだ、壮大な物語の、幕開けの合図だったということか。
「お茶会は、これでおしまい」
ゲルダが、ぱちん、と指を鳴らすと、壁の影は、ふっと消え失せた。
私は、手の中の空っぽのティーカップを、ただ、握りしめる。
リリアを救うための旅は、いつの間にか、私自身の運命と、この世界の歪みの根源に、立ち向かうための戦いへと、その姿を変えてしまっていた。
「…ふふっ」
隣で、ゲルダが、くすくすと、肩を揺らして笑っている。
「…何がおかしいのですか」
私が睨みつけると、ゲルダは、笑いをこらえながら、私の背後を指差した。
「いやいや、どうやら、わたくしのこの『混沌』を愛でる家が、お連れの侍女殿には、耐えられなかったようじゃわい」
言われて、私は、はっと、振り返った。
そして、絶句する。
私たちがここへ来た時、この家の中は、魔女の住処らしく、本や奇妙な小瓶が雑然と積み上げられ、逆さに回る時計や、ひとりでに編み物をする毛糸玉など、奇妙で、混沌とした調度品で満ちていたはずだった。
それが、今。
本は背の順に完璧に並べられ、小瓶は色ごとに分類され、床には塵一つ落ちていない。一体どうやったのか、あの逆さに回る時計でさえ、今は、正しい向きで、正しい時間を刻んでいる。
そして、その部屋の隅で、リリアが、感情のない瞳のまま、ひとりでに動く箒を手でがしりと掴み、毛並みを執拗に整えていた。
「…リリア」
私が呆然と呟くと、彼女は、こてん、と首を傾げた。その仕草は、まるで、何か問題でも?と問いかけているかのようだった。
ああ、そうだった。この子は、今、こういう子だった。
世界の真実はどこえやら、魔女の悪戯もなんのその、この子にとっては、「散らかった部屋」のお片付けが優先なのだ。
私は、その、場違いで、いつも通りの光景に、張り詰めていた緊張の糸が、ふっと、緩むのを感じた。
呆れて、ため息が出る。
けれど、不思議と、心は、少しだけ、軽くなっていた。
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