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第十七話:忘れられた『古唄』と魂の残滓

『鳴骸の帳』の中、私たちは、一つの巨大な障壁の前に行き詰っていた。それは、古代の魔術によって固く閉ざされた、骨でできた巨大な門。ここを越えなければ、魔女領へは辿り着けない。

どうすれば。私の魔力は封じられ、リリアのサバイバル知識も、この魔法の門の前では無力だった。


途方に暮れ、膝を折りかけた、その時。

私の脳裏に、あの、北へ向かうきっかけとなった啓示の、断片が蘇った。

『眠りの蒼苔』という言葉と共に、一瞬だけ見えた、古代遺跡の幻影。そうだ、あの遺跡に、この門を抜けるための鍵があるはずだ。


私は、その不確かな記憶だけを頼りに、リリアの手を引いて、骨の迷宮を彷徨った。

そして、半日ほど歩き続けた頃、私たちは、幻視の通り、苔むした古代の遺跡を発見したのだ。


遺跡の中心部には、一つの仕掛けがあった。複数の台座に、それぞれ異なる紋様が刻まれており、それを正しい順序で押さなければ、道は開かれないらしい。壁には、そのヒントらしき、長大な碑文が刻まれている。

けれど、その文章は、まるで法律の条文のように、回りくどく、難解な言葉で満ちていた。貴族としての教育を受けてきた私でさえ、その論理の罠を解き明かすことができない。


「だめ…分からない…」


私が諦めかけた、その時だった。

それまで黙って私を見ていたリリアが、すっと、前に進み出た。彼女は、その硝子玉のような瞳で碑文を一瞥すると、何の感情も見せずに、迷いのない足取りで台座へと向かう。そして、一つ、また一つと、淀みない所作で、正しい順番で、紋様を押し始めたのだ。


法律や、論理学に基づいた思考。

それは、彼女の前世が培った、知識の残滓。魂は失われても、その知性だけが、今、この場で、私を救ってくれている。

全ての台座が押されると、遺跡の奥から、石板がせり上がってきた。そこには、忘れられた『古唄』の旋律が刻まれていた。


だが、それと同時に、遺跡全体が、轟音と共に、激しく揺れ始めた。天井が、崩れ落ちてくる。

「リリア!」

私は、今度こそ私が彼女を守るのだと、咄嗟に、彼女の小さな体を庇うように、その前に飛び出した。


けれど、私の体が動くよりも速く、リリアの体が、動いた。

彼女は、私を、強い力で、安全な場所へと突き飛ばした。それは、あの刺客の襲撃の時と同じ、体に染み付いた、合理的な自己犠牲の行動。


ガシャン、という轟音と共に、巨大な瓦礫が、私たちのすぐ傍に降り注ぐ。

私は、突き飛ばされた先の床に手をつき、息を呑んだ。

やがて、埃が晴れていく。幸い、リリアも、私も、怪我はなかった。


ほっと、安堵の息をついた、その時。私は、異変に気づいた。

リリアの手が、私の外套の裾を、固く、固く、握りしめたまま、離さないでいるのだ。


突き飛ばすという、合理的な行動は、終わったはず。

なのに、その手は、まるで、離れることを恐れるかのように、震えながら、私の服に縋り付いている。


それは、もはや、無意識の反射などではない。

魂の奥底に残された、か細い、けれど、確かな感情の残滓。

私は、その小さな手の温もりを、ただ、呆然と感じていた。

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等を更新しています。

作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/

Xアカウント:@tukimatirefrain

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