日本語の難しさ。
エッセイを読んでいた時に思ったこと。
折角、良いことを書いてあるのに日本語がおかしくて全てが台無しになっているものがある。
そう感じるのは私だけかもしれない。他の人は気にならないのかもしれない。
私が細かいだけ。だからこれは私という個人の思いです。批判ではありません。
さて、では私が見かけた勿体ないなぁと思ったものに付いて触れてみますね。
・そうゆう感じでお願いします。
そうゆう……。待って。どういうこと?
曽遊 = 今迄に、訪れたことがあること。
総有 = 各自の持ち分は定めないが、共同で所有すること。
私の頭の中では[そうゆう]は上記のものに置き換えられます。
単独だと意味が通じなくもない。
ただ、前後の文章を読むと辻褄が合わない。
[そうゆう]は[そういう]が書き言葉としては適切です。
読み言葉としては[そうゆう]でも構いません。
尚、[そおゆう]は論外です。
書き言葉としても、読み言葉としても正しくありません。
友人や気心しれた人だけに読ませる語りならば、何でも良いのですけどね。
読まれた側がどういう心情になるか迄は分かり兼ねますが。
次にこれもまた上記と同じものなのですが……。
・難解になってゆくのだ。
今度は言葉の前ではなくて後ろに付いたものですね。
これもまた[いくのだ]が書き言葉としては適切です。
読み言葉としては[ゆくのだ]でも構いません。
読者の皆様に、心情に何かを訴えかける為に書いたエッセイ。
自分の想いの丈を綴った文章。
書き言葉をしっかりと使いましょう。
本当に良いことを書かれているのですから、些細なことで台無しにしてしまっては勿体ないです。
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番外編。
これらは世間一般に浸透していて日常的。通常表現です。
完全に私がなんだか少し変だなと勝手に思っているもの。
日本人でも悩む日本語? なので無視してくださって構いません。
逆に書き方や言い方を守ろうとしてたら奇抜なものにもなり得るものです。
・違和感を感じる。
最初の段階で奇妙なことがあることに感付いているのに何故再び[感]が?
二重表現になる。どれだけ違和感があるの。
[違和感を覚える。違和感を抱く。違和感がある]
↑これで良いのではないの?
かといって、違和を感じるはおかしいよねぇ……。
・後で後悔するぞ。
後悔は元より後でするものです。
先に後悔することはありません。
先に後悔していたら、その時点で謝罪するなりなんなりします。
いいえ、言葉にすらしません。
最後に。
音読と訓読がある日本語。1つの漢字で読み方が様々なものになる日本語。
例えば雷。(いかずち)・(かみなり)・(らい)。
これらを上手く理解する為のものなのかもですね。
文字ならまだしも聞くだけであれば[後で公開]と間違えるかもですし。
う~ん、私は日本人だけど日本語って難しいなぁと改めて思いました。
それからここ迄書いておいてなんなのですが、私も絶対に物語内で間違った表現を使っている筈。
句点(。)と読点(、)だって多分、正しいところで使ってない。
日本人である自信がなくなってきました(あわわわわっ。
日本語の勉強し直そうかなぁ。




