六話『幸せな世界』
放課後。俺は日常を謳歌していた。ヒロムが「じゃ、じゃあな!」と俺とサユリを見ていつもより慌てているような雰囲気でどこかへ駆け出して行く。「ヒロムどうしたんだろう……?」とカバンに教科書を入れながら首を傾げるサユリ。俺は、「さぁな。用事でもあるんじゃないか?」と言いながら自分の支度を済ませ歩いていく。廊下の先で「いや、それは……」などと何やら先輩と話して戸惑っている様子のヒロムを横目に学校を出て、サユリと手を繋ぎ、夕陽が照らす帰り道を歩く。家の近くまで来ると、「お兄ちゃん~!」と手を振りながらこちらへカレンが走ってくる。俺が手を振り返そうとした時、カレンは家まで後数メートルの位置で、猛スピードでやってきた車に勢いよく跳ねられて吹っ飛ぶ。
「!!?」突然の出来事に状況を理解出来ない俺とサユリ。運転手のおじいさんは、「うわぁ!!!!!!」と声を裏返す。車の下から広がる血痕。「あッ……ぁ……」何も出来ず呆然と固まる俺と、「カレンちゃん!?」と青ざめた表情になり両手で口を覆うサユリ。何が起きたのか全く理解出来ず、「カレン!!!!!!!」と叫びながら俺が駆け出したのは車が走り去ってしまった数分後だった。「サユリ!! 早く!! 早く救急車を!!!」俺は遅れて駆け付けてきたサユリに怒鳴る。サユリはパニックになり、「……ッ……嫌……!!!! 許して……!!! カレンちゃ……ごめんなさい!!!」と騒ぎながら首を横に振って救急車を呼ぼうとしない。
「……ッチ」俺はスマホを開き、自分で救急通報をする。カレンは血をダラダラと流しながら全く動く気配がない。その騒ぎに、「どうしたの!? カガミ? サユリちゃん!」とエプロン姿の母さんがバタバタと駆け付ける。「母さん……カレンが……車に轢かれ……」俺が震えた声で母さんに伝えている間、サユリは俯いていた。母さんは涙目で「カレン!!! カレン!!!! カレン!!!」と名前を連呼しながら血だらけのカレンの身体を揺さぶる。サユリは「……カガミ……」と俺の名前を呼んだ。俺はそれどころじゃ無かった。頭が真っ白だった。カレンが死ぬかもしれない恐怖を感じていた。俺はサユリを置いて家の中に戻る。サユリは「ちょっとカガミ!!!!」と俺のほうへ手を伸ばす。
「おい!!!!! 出てこいホノカ!!!!!」俺が声を荒らげると、ホノカがどこかから姿を見せた。「なんだ????」やけに落ち着いた口調。おまけにピザまで頬張っているホノカを追い詰める。「お前は……サユリだけじゃなくカレンまで……どれだけ俺の大切な人に手を出せば気が済むんだ……」俺の震える声は、ホノカの耳には届かない。「そういう運命だからさ」目の前の女は冷徹に答える。「お前はこれからの人生、誰かを殺さない限りずっと周りの人間が不幸になるぞ」ホノカは口角を上げながら俺を見つめる。「これはお前が仕向けたのか」俺が淡々と問いかけると、ホノカは「嗚呼……私だ」と答える。「ッ……」まともな言葉も出ないままに、俺はホノカの首を片手で絞めた。だが、「無駄だ。死神に痛覚は無い」と低い声で言うホノカ。「周りの人間を守りたいのだろう? これ以上犠牲者を増やしたくないのだろう? 次はお前の愛するサユリかもしれないんだぞ」ホノカは、表情一つ変えず煽ってくる。
「俺は絶対に誰も殺さない。それに、もうこれ以上、誰も不幸にしたりしない!」俺は下を向きながら、静かに拳を震わせる。「さて。お前に出来るかな。そんな夢のような事が」ホノカは白イルカのストラップを眺めながら言った。翌日。静かに通夜が執り行われた。参列者たちが帰った後、「カレン……カレン……カレン……!!!」遺体に縋り号泣する母さん。その背中を支える父さん。俺の……俺のせい……? サユリも線香を上げる。「なんて言葉をかけたらいいのか……」と戸惑うサユリ。俺も黙って下を向いていることぐらいしか出来なかった。母さんは「ぅ゛ぅう……」と呻き声を上げながら涙を流すばかりだ。気分が悪くなった俺はカレンの部屋を出る。
自室で下を向きながら、俺はホノカに問う。「もし……俺が人を殺してたら……カレンは死ななかったのか?」「嗚呼」「……しかしなぜ俺なんだ」「"心の優しい人間"が一番適性があるからだ」ホノカの説明にはやっぱり納得が行かない。「次はお前の母、父、大好きな彼女、親友、クラスメイトかもしれない」ホノカはグイッと俺の胸ぐらを引っ張る。俺はホノカのその言葉に怯えるように瞳孔を開く。「お前と出会った人間が不幸になるその前に覚悟を決めろ」こんな事が、二回、三回、続いたら溜まったもんじゃない。カレンの事故を見たシーンがフラッシュバックする。そして遅れて来た悲しみに蝕まれるように「あっ……ぁ……」と身体が震えてしまう。「幸せな世界が当たり前だと思っていたか?」と俺を慰めようともしないホノカ。「ぅ゛ぅ……」遂には母さんのような呻き声を上げてしまう。何度も何度も、地獄のような映像が脳内で繰り返される。声、音、犯人の顔、逃げた車の色、それから、それから……。耐えられなくなった俺はよろけながら便所へ行き、「ウゲェ……」と嘔吐した。こんなの、間違っている。こんなのがまかり通って溜まるか。俺は絶対に殺しなんかしない。絶対に俺の正義を貫いてみせる。この"運命"に抗ってみせる。




