五十九話『レイ・テンダー』
それからまたしばらくが経った。その間に何人ぐらい殺しをしてきただろうか。警察もまだ本気で俺がサユリの家にいるとは思っていないみたいだ。ヒビキとも連絡を取り合っているが、どうやらあっちも順調なようだ。ヒビキは俺のように防犯カメラに映ったりせず徹底しているおかげで、警察の影が近くにないようだ。そしていよいよレイ・テンダーに接触できる日が来た。これは俺にとって最後の分岐点だろう。俺はレイの弱みに関する証拠を用意しつつセミナーへ向かう準備をする。「サユリ」俺が話しかけるとサユリは、「今日だよね。レイさんに会えるの。」と今日のために新調したスーツのネクタイをキュッ、と結ぶ。「嗚呼。」俺が答えると、サユリは「ちょっとスーツ大きめだね」と微笑む。「カガミが心配だから本当は私も…」と言うサユリに、「お前はそこで待っててくれ」と真剣な表情で伝える。「わ、わかった…」と小声で呟くサユリ。サユリは「危ないことがあったら引き返すんだよ」と俺の両肩に触れながら言った。俺は、「嗚呼」と答える。俺はカバンを取りに行き玄関の扉を開ける。
セミナーの会場が少し遠い。起業についてのセミナーだったため一応学生も対象だったが、多分学生は俺一人の参加になるだろう。"才能"の一言で片付くものを無理矢理引き伸ばすつまらない話が永遠に続くだろうが、俺の目的はそれじゃない。とにかくレイに会うこと。それだけだ。どうにかしてレイを捕まえて話しかけないと。しかも如月からだと交通費が高くつく。新宿とかでやってくれよ。本当に。電車に乗りこんでは、乗り換えも含めて一時間近くガタンゴトンガタンゴトンと振動とともに揺れる。ホノカも俺の後ろにぴったりとついてくる。『代官山~。代官山~。』アナウンスが流れては電車の扉が開く。ついにこんな街まで来てしまった。はぁ、なんという行動力だ。いきなり殺人犯にされた割にはかなり適正があるじゃないか。…そもそも、俺に警察は向いてなかったのか?ははっ、いまになって考えさせられるな。本当の"適正"について。なんの仕事が向いているかとか考えたこと無かったけど、裏社会に従事したほうが俺は…。ダメだダメだ。だがまだここで踏みとどまってしまう辺りが俺の弱点なんだよな。どちらにも転がれない。まさにその通りだ。肯定なんてしたくないが否定は出来ない。
代官山のオシャレな街を歩く。じーっとショーウィンドウを見つめるホノカ。ホノカは、「あの服、買いたい」と言うが、生憎開店前。「残念だったな」と俺はホノカに日頃の恨みも込めつつ笑ってやる。ホノカは、「カガミは女心をわかってないな」と少し拗ねたような表情を浮かべた。「堂上なんかが趣味のお前に言われたくない」と俺が返せば、「キョースケは昔から少しゲイ気質があった。それでも私はキョースケが良かったんだ。あいつには私に無いものがあったから」とホノカは少し俯きながら淡々と説明する。「ふぅん。」俺が適当に返事すると、「お前にもキョースケに似通ったところがあるからな」と少し先を歩き、背を向けたままホノカは言った。「あんなのと似てるって言われてもなぁ」そんな話をしていれば、あっという間にセミナー会場に辿り着く。
セミナー会場に辿り着くと、すでに何人かは会場の中に入っていた。見た感じ四、五十代が多い。若干浮いているか…?なんだかモゾモゾしてしまう。こんな大人なセミナーで勉強内容なんて理解出来るだろうか。三十分ほど待っていると、最後の人たちが会場に入ってきた。そしてまた暫くして会場の準備が整うと同時に、イベント運営の人が出てきた。まずは運営の人が挨拶をするようだ。運営の人が挨拶を済ませては、今度はレイの会社の関係の人が挨拶をする。はやく、はやくレイを出してくれ…!セミナーというより、ノリは某ゲーム会社の発表会のプレゼンテーションみたいだ。起業について話し合う時間が設けられているみたいだが、最初の数十分はレイ無しで話が続いた。中盤、レイの会社をモデルに事業スタンスや提携企業との関係などをじっくり聞かされた上で、まずはここまで話した内容についての詳細資料が配布される。まだレイの登場は無し。配布された資料に目を落とす参加者たちの空気が、どこか試されているように張り詰めていく。"起業"と簡単に言う者たちがいるが、そう上手く事は運ばないんだと思い知らされる。難しい話だが、確かに勉強にはなる内容だ。そしてようやくレイ・テンダーが登場するようで、運営スタッフたちがスタンドマイクなどの準備に入ると、辺りはまたざわざわと騒々しくなる。「いよいよだな」と後ろからホノカも話しかけてきた。「嗚呼…」俺は小声でホノカに答える。
『どうも!!私、ご紹介に預かりましたレイ・テンダーと申します!!!右から、べっぴんさん、べっぴんさん、べっぴんさん、ってそれ漫才師がやるやつやないかい!!なんちゃってぇぇ!!!レイ・テンダー、いいとこのナシの0点だ~って覚えてってくださいね~、だーはっはっ、』扇子を広げながらベラベラ喋り出すレイ・テンダーに、会場中が、「え?」と言葉を失った。そしてまた参加者たちは一緒に来た人とざわざわ耳打ちをしたりする。いいとこなしって、誰よりも恵まれた環境にいるやつがよく言うよ。俺は静かに下を向く。会いたかったやつが思っていたのと違った。俺はこいつと交渉するのかよ。めんどくさそうだ。そしてセミナーも終われば、レイにサインを求める人だかりが出来ていた。俺はぼーっとレイを眺める。レイを眺めていると、「おっとこんな若い子も来てるなんて」と、サインを全て済ませたレイが自らこっちへ来てくれた。「ぇえ、一度レイさんとお話してみたかったものですから…。それにしても素晴らしいセミナーでした、お疲れ様です」俺が爽やかな笑みを見せながら言うと、レイは、「ほぉ、私とお話したい???」と試すような鋭い視線をこちらへ向ける。「別料金で…」とレイは言いかけるが、俺の反応を見たレイは、「ははっ、冗談さ。真に受けないでくれ」と微笑んだ。「じゃあ、私の支度が終わった一時半過ぎ。下のレストラン、"クリスティ"で会わないか?ちなみに他の参加者には秘密だ。私と話したことをSNSで拡散したりしないでくれ。これは若くしてうちの会社に興味を持ってくれた君への特別待遇だ」レイはそう言うと、ポンポン、と二回俺の肩を叩いた。「良かったな、約束出来て」ホノカに言われては、「嗚呼」と軽く答える。レイ・テンダー。必ず俺がお前をこちら側へ誘ってやる。俺に目をつけられた以上、お前に拒否権なんて存在しない!




