五十六話『愛する人よ』
やっとの思いで俺の家の隣…つまりサユリの自宅まで辿り着いた俺は、まずはその建物のドアノブに手をかけた。当然…空いているはずはないため、以前貰った合鍵で部屋へ入る。恋人で良かった…。安堵したのもつかの間、パトカーの音が外から聞こえ、「!?」と動揺する。ピンク色のカーテンを開け外を見ると、どうやら別件で四軒先の家に覆面パトカーが停車しただけだった。「はあ…」気が滅入る。家に帰ることもこれからは許されないなんて溜まったもんじゃない。今頃、俺を逃がしたことと女性刑事を守れなかったことで堂上たちが上司にこっぴどく怒られている頃か。さてと…。俺はこの後どうしようか。昼間は大抵母さんもいるだろうし。夜中のうちに一回帰宅して服とか持っていくか?いやダメだ。そんなことは出来ない。ホノカに持っていかせるのが賢明か?…いやダメだ。いきなりごっそり消えると怪しまれる。せめて財布だけはホノカに取りに行かせられるとして、全財産は六万六千円…。早めにレイ・テンダーに接触しなければ。でもどうする?サユリをこんな危ない目に巻き込む訳にもいかない。ったく、どうすればいい…?「見事な逃走劇だったな」ホノカが淡々と語りかけてくる。「だがカガミ。サユリの家に泊まるつもりなら覚悟しておけ。外出した瞬間、見つかって即アウトだ。さて、どうする?」口角を上げるホノカに、頭を悩ませる。「うるさいな!!」煽ってくるホノカに苛立ち、怒鳴ってしまえば焦燥感に駆られる。「はぁ。当たりが強くなってきたな…」ホノカはそう言うと、「斬!!!」と俺の背中に指を向け叫んだ。「!!」電流が走ったようにビクッと震える身体。「今度は何をした???」俺がホノカを睨むと、「少しお前の結末をいじらせてもらった。死神の私に対して偉そうな態度を取るなよ。カガミ。私はお前の生死にだって干渉出来る。」とホノカは説明した。「結局お前の能力はなんなんだよ」俺が問いかけるとホノカは、「ふッ、教えないほうが面白いだろう?私はミステリアスな女なんだよ」と微笑んだ。これ以上問い詰めるのも無駄だと思った俺はサユリが帰って来るまでサユリのベッドに座りスマホを触る。
「連続殺人事件真犯人の少年、女性刑事を殺害し逃走か」ニュースの見出しを読み上げ、コメント欄で馬鹿みたいに叩かれているのを見て唖然とする。所詮何も知らない連中だから汚い言葉を並べて人を罵倒できるんだ。なぜ罪を犯したかなんて当人の背景には目を向けないで。安全地帯からやたらと自分の主張を叫び私刑に走る。世の中理解不能なことばかりだ。「…やはり女の部屋は物が多いな。」サユリの部屋を見渡し呟くホノカ。「本人が綺麗ならなんでもいいじゃないか」俺の言葉に、ホノカはゲッ…と引いたような表情を浮かべる。「お前、サユリに対してイエスマンだな」ホノカに言われてしまうが、「好きな女に尽くすのは当然だろ??」と答える。「盲目信者みたいで哀れだな。お前は炎上しても推しを持ち上げて泣き出す歌い手界隈の小中学生リスナーか。」ズバズバ言うホノカに、「サユリは推しなんかじゃない。俺の人生だ。」とはっきり答えた。そうだ。サユリこそ俺の存在意義。俺のすべてはサユリで決まりサユリで動いてる。サユリがいなくなったら俺は…。そんなこと考えたくもない。
「人生、か。あの女にすべて管理される人生でいいのか?お前は自分軸ってものがないんだな」ホノカに呆れられるが、「構わない」と即答する。「サユリを失うほうが怖いんだ、サユリが俺に愛想尽きたらその時俺はもう死ぬしかない、!」瞳孔を開きながら叫んでは、ホノカは「サユリはどう思ってるんだろうな」と俺の不安を煽る。「サユリだって俺の事が好きだ、それは確定事項だ。それ以外ありえない、サユリは俺のすべてだ、」俺が言うとホノカは、「はあ」と溜息をつく。「お前はもう何を言っても変わらないな」ホノカはそう言うと、サユリの学習机の椅子に勝手に座る。「お前はどうなりたい。どこへ行きたい。これからどうする。」ホノカの問いに、「俺に教祖の素質はあるか」と問いで返す。俺の問いにホノカは、「サユリのほうがよっぽど適正ありそうだけどな」と鼻で笑った。
「俺に策がある。乗ってくれるか」俺が問いかけるとホノカは、「めんどうなことは押し付けるなよ」と言いつつも縦に頷いた。「大事の前だ。多少の面倒事は大目に見てもらいたい」ホノカはサユリの机の上にあったファッション誌に手をやりながら、「私を利用しようとするな」とため息をついた。「行政でもなんでもそうだ。利用できるものはしないとな。損をしてしまう」「ちなみにだが、具体的には何をしようとしているんだ」俺の話より興味の刃がファッション誌に向いているホノカは静かに呟く。「…同じ運命を持つ者を量産し組織化。サユリを概念として崇め俺と同じ運命を歩む組織の人間だけが真っ当に生きられる社会を創る。」俺の説明に、「お、おう…」と動揺するホノカ。「要は宗教法人でも立ち上げると。馬鹿だな。身分証も無けりゃ警察に追われている身なのに。ついにそこまで知能が低下したか。ばーかばーか」そっちも煽り方が小学生以下じゃないか。なんてツッコミはグッと堪え、「レイ・テンダーに接触しつつ後ろめたいことがある国会議員を味方にすることが出来れば可能かもしれない」と考える。ホノカは、「たかが高校生、それに追われている身でそれが出来ればいいんだけどな。カガミ。」と呆れたように答える。「やってやるさ。」「…まずは黒髪にしたらどうだ」ホノカに言われては、「へ?」と目をぱちぱちさせる。「その赤髪、目立つし、かっこよくない」と言われてしまう。わかりやすくショックを受ける俺。「地毛がそれなのはわかっている。黒染めでも買ってこい。外に出たらまずいならmyazonとかで買うんだな」ホノカはそう言うと、ファッション誌のメンズモデルを見せた。「イメチェンは印象変わるぞ」ホノカの提案に、「考えとくよ…」と苦笑いを浮かべる。
「誰を仲間にするんだ。ヒビキはいいとして、R2も無しにそううまくもいかないぞ」ホノカに問われては、「希死念慮があるやつ中心で行く予定だ。最悪、トー横でもいけば仲間になりそうなのはゴロゴロいるだろ」と顎に手を当てながら考える。「お前は本当に弱者に優しくないな」冷たい声で言うホノカに、「世の中弱肉強食だろ。なぜ弱い人間に配慮しなきゃならないんだ」と答える。「お前の優しさと正義感はどこいった」ホノカはそう言うと、「色んな人間を今まで見てきたが、お前は私欲がとんでもないな」と鋭く指摘する。「人間は欲深い生物さ。それに、もう学んだんだ。優しさなんか持っていてもクソの役にも立たないって。それならサユリからの評価を得たほうがよっぽど特だろ?それに、俺が守りたいって思った世界があんなにどろどろとした姿で腐っていたなんて知らなかったよ。それを教えてくれたのはホノカ、お前だ」俺の言葉をホノカは、「そうかそうか。私はただお前が人さえ殺してくれたらなんでもいいんだ。それに日本人の殺人犯が増えるならそれに超したことはない。」と軽く聞き流す。そんな会話をしているうちに、ガチャ。と扉が開いた。「ただいま~」サユリが帰ってきたようだ。「おかえり。」優しく微笑むとサユリは「カガミ~~!!!!」と俺に抱き着く。「心配してたんだよ、」と俺に抱き着きながら目を潤ませるサユリ。「本当に…無事で良かった…」嗚呼…。俺の存在意義はもう、サユリだけだ。




