五話『悪魔の囁き』
その後度々ホノカが現れるものの、何事も無く休日を終え、サユリは自分の家に帰っていった。「お前も帰れよ」俺はホノカに言うが、ホノカは「なぜ帰らなければならない?」と話を聞かない。「それに私には帰る場所などとうにない。」ホノカは俯きながら言うが、俺は無視して朝勉に励む。「聞いてるのかカガミ」辺りを煽るように浮遊するホノカ。ホノカは「勉強熱心だな」と呟く。「俺は父さんみたいな警察官になるんだ。だから勉強は必要なんだよ。邪魔するな」とホノカに言った。ホノカはベッドの上に寝っ転がり、「悪いが、お前はもう警察にはなれないぞ」俺の部屋にあるクマのぬいぐるみを抱きながら静かに言い放った。「そうやって俺を揶揄うの辞めてくれないか。不快だ」「運命を書き換えたと言っただろ」ホノカはぬいぐるみの耳を指で弄びながら、淡々と告げる。「だから、運命を書き換えたってなんだよ」「…聞かれて答えるのも面白くない。お前が学校から帰る頃に教えてやる」ホノカの言葉に、素直に頷けない。一体俺はどうすればいいんだろう。その気持ち悪さが晴れないまま、学校へ登校する時間になった。
家を出ると、「おはよ!」「おはよ。」サユリが家の前で待っていた。互いに挨拶を軽く交わした後、通学路を歩き出す。通学路を歩いて校舎に入り、教室に足を踏み入れると、ヒロムが「また二人で登校しちゃって~仲がいいんだから」と揶揄ってくる。「もうっ!!!あんまり茶化さないで!ヒロムには美怜先輩がいるでしょ?」と頬を膨らませるサユリ。女子生徒たちが楽しげなサユリに、どこか冷ややかな目を向ける。俺は違和感を覚え、「?」と首を傾げる。「いーや俺はユリカかな」教室の片隅。窓際の席で一人で少年漫画誌を読んでいる三つ編みメガネの女の子を見つめるヒロム。「えー、ユリカがいいの???」サユリは意外。と言わんばかりにユリカのほうを見た。「え?あの子と親しいの?」俺の問いに、サユリは「ま、まぁね」とぎこちなく答える。ヒロムはサユリに接近し、「ユリカのLINE教えてよ。俺は恋多き男なんだ、」と強請る。サユリは溜息をつきながら、「ユリカは辞めた方がいいよ…。友達も作らないでいつも漫画読んでるちょっと変わった子だよ???」と困り眉の表情を浮かべながらヒロムを制止する。「陰口は辞めよう。俺はそういうの嫌いだ。」俺が真剣な表情で二人に言うと、サユリとヒロムは、「はあい」と声を揃える。そんな会話を聞いていたのか聞いていなかったのか。ユリカはチラッとこちらを見た。俺とユリカは目が合ったが、ユリカはすぐ視線を逸らしてしまった。
放課後。俺はスクールバッグに教科書を入れて帰る準備をする。サユリを待っている間、ユリカとすれ違った。「本郷寺さん…」俺が名前を呟くと、ユリカは、ペコッとお辞儀して何かから逃げるように足早に去っていく。「お待たせ~!」後ろからサユリが抱き着く。「おい、他の生徒たちに見られるだろ」サユリに言うが、サユリは「見られたっていいもん。」と離れようとしない。「あのなぁ。」俺はサユリを離そうとするが、横を駆け足で通り過ぎるヒロムが、「結婚式には呼んでくれよ~!!!!!ラブラブカップルヒューヒュー!」と楽しげに声をかける。『気が早い!!!』俺とサユリは声を揃えてヒロムに叫んだ。暫く適当な話をしながら帰り道を歩き、家の前でサユリと別れた後、「ただいま!」と母さんに言って自室への階段を駆け上がる。母さんは「おかえりカガミ~」と階段を駆け上がる俺に言った。
自室の扉を閉めては、フーッ。と息を吐く。「教えろよ。朝言ってたこと。」俺はカバンを整理しながらホノカを問い詰める。「お前は私がサユリを地獄へ送ろうとした時邪魔をした。」淡々と説明をはじめるホノカ。「当然だ。サユリが地獄に行く理由なんてない」俺はホノカに反論する。「だがお前のしたことは地獄では御法度だ。」ホノカは俺を指さす。俺はホノカから目を逸らした。「弐式火神。」名前を呼ばれては、背筋が震える。「なんだよ…」掠れる声。漂う緊張感。「お前にはこれから、人を殺す使命を与えよう。お前は"運命"に選ばれた。」ホノカから発せられた予想外の言葉に、俺は拳を震わせる。「ははっ…冗談だろ?」ホノカを殴るのを必死に抑えた俺を誰か褒めて欲しい。サユリを襲った上に今度は俺に人を殺せと言ってくる緑の女。俺はそんなホノカに笑いさえ零れてしまう。「……」黙ってホノカを見上げ、頭の中で次の言葉を探しているうちに、「人を殺さないとお前の周りの人間が死ぬ。それは大切な家族かも知れない」と悪魔の囁きが耳元に入る。「人を殺せ。なんてどんな倫理観だ。」俺が叫ぶと同時に、トントン。と誰かから扉をノックされる。俺はバッ、と勢いよく振り返る。
「お兄ちゃん、勉強教えて~♡」タイミング悪く入ってくるカレン。「カレンいまは入ってくる…」と言いかけたが、部屋を見るとホノカは消えていた。はぁ。俺は溜息をつく。「どうしたの?」カレンは首を傾げる。「なんでもないよ」俺はカレンを隣に座らせて、「なんの教科教えて欲しい?」と問いかける。カレンは、「全部わかんない」と少し落ち込んだように言った。「わかった、じゃあまずは数学から一緒にやろうか。」俺はカレンに勉強を教える。後ろを振り向くと、消えたはずのホノカがベッドに座り、何かを考えるようにこちらに流し目を向ける。「でね、お兄ちゃん。八人目の男がね~。ブランドバッグをくれたの!!!ほんっとに嬉しくてみんなに自慢しちゃった!元々その子、ケイコちゃんの彼氏だったんだよ!笑っちゃうよね!」勉強しながらとんでもない事を俺に言うカレン。「人の恋人取るのは駄目だろ…」と呆れるが、カレンは「私が欲しかったらいいんだよ??私は私の物語の主人公なの!彼女が出来ない男の子たちを救うために現れたお姫様!!!男の子たちはみんな私を全肯定してくれてるし、何も悪くないよね???お兄ちゃん」と得意げに語る。「それにもう八人全員と寝たんだよ!」と自慢話のように次から次へベラベラ喋るカレン。実の妹ながらとんでもない思考回路だな…。と俺は心の中で呟く。一通り勉強を教えては、「ありがとう!おやすみ!」と微笑みながらカレンは俺の頬にキスをしてくる。俺も、「おやすみ」と微笑む。




