四十八話『疲労』
自宅に帰った俺は、疲労のあまりベッドに寝転がる。「カガミ。警察がボイスレコーダーを回収しにくる前に手を打った方がいいんじゃないか」ボイスレコーダーを手に取りながら呟くホノカ。「……いっそ捕まって罪を裁かれたい」俺が乾いた笑みを浮かべながら言うとホノカは、「捕まっている間にサユリが殺されたらどうする」と俺を煽る。「俺が人を殺して何になるんだよ、全てはお前がはじめたことなんだ、俺は何も悪くない、俺はただ人生を理不尽に壊されただけだ」布団に籠りながら俺がホノカに訴えると、ホノカは「最近まで殺人犯ノリノリでやってたじゃないか」と溜息をつく。「俺がなりたかったのはヒーローだ、こんな姿じゃない、カレンもヒロムもユリカも死んだ、俺が存在しているせいで何人もの命が消えていく……、これは意味のある死なのか?俺はッ……」俺が震えながら呟くと、ホノカは「こうなる覚悟で人を殺す道を選んだろう? ヒビキみたいに自分だけ生き残る選択肢だってあったはずじゃないか」と口角を上げる。「ッ……もう自分が誰なのかわからない、ただサユリと一緒にいたいだけの醜い生物としか思えない、それでも道化師を演じるしかないんだ、俺がそうしないとサユリが死ぬ……!」目に涙を溜めていると、ホノカは「お前は優しいのか優しくないのかどっちなんだ」とうんざりするような表情を浮かべる。「……もういやだ……これ以上罪を増やしたくない、手を汚したくない、俺だってあんな手荒な真似したくないよ」俺が布団を被りながら言うとホノカは、「安心しろ。もうすぐお前は救われる」と優しい声色で言葉をかける。「救い……」布団から顔を出して呟く。「……もう一度言う。死神になれ。サユリのそばにいることは許されないが、サユリを生かすことが出来る。サユリを守ることが出来る。お前ににとって最高の結末じゃないか」ホノカの言葉に、「サユリと一緒にいなきゃ意味無いんだよ」と俺は答える。「いっそ俺が死ねばいいのに。なんで死ぬのが俺じゃなかったんだ。なんでカレンなんだ。なんでヒロムなんだ。なんでユリカなんだ、なんで……」俺が言うとホノカは、「鬱か」とめんどくさそうに俺を見つめる。「そんなにサユリを生かしたいなら一緒に住んでサユリを監禁でもすればいいだろう」ホノカから発されたとんでもない言葉に、「お前……」と対象を睨む。ホノカは、「地雷か?」と悪気は無い、と言わんばかりに瞬きを二回した。「サユリをそんな風に扱えない……!」瞳孔を開きながら言う俺にホノカは、「でもお前は強引にサユリと済ませたじゃないか」と俺を煽る。「……だからってサユリを……!!!」俺が声を震わせると、ホノカは「お前って反応わかりやすいよな」と俺を指さしながら言った。「だいたい、さっき言った監禁もそうだが、そんなにサユリへの愛が重いなら傷のひとつやふたつ互いにつけてマーキングしたりすればいいじゃないか。中途半端なんだよお前は」なんの配慮も無く淡々と並べられたホノカの言葉に、「ぐッ……」と不快度が増していく。「お前に俺の気持ちなど分からない」俺がホノカに告げると、ホノカは「そうか」と寂しげに答えた。
サユリ、サユリ、サユリ。人を殺す度にサユリへの執着は一方的に膨らんでいく。あれほどまでに美しい存在を俺はまだ認識したことが無いからだ。サユリにもっと触れたい、サユリと一時たりとも離れたくない、そんな許されない願望ばかりを抱いてしまう俺。ただ、サユリのためだけに俺は動いているというのに。なんだか最近サユリとの距離さえ感じて。「助けて……」俺がいくら嘆いても、現実は何も変わらない。その日は枯れるように眠りについた。ストレス数値はかなり高くなっている。暫く横になっていると、夢だろうか。異空間で目を覚ました。誰もいない異空間。檻に入った小学生ぐらいの俺を上から見上げているような感覚を覚え、浮遊感に酔う。「……ヒーローになりたいんだよ……ただヒーローになりたいだけなのに……なんでみんな俺を笑うの……なんで……」小学生の俺は必死に檻から出ようとする。だが、次第に諦めて座り込む。グスッ、グスッ。泣いている小学生の俺。「カガミ??」檻の前に現れたサユリの声に、俺は顔を上げる。サユリは、鍵を開けて俺を檻の中から連れ出そうとした。そんな場面で、夢から覚める。
ピヨピヨピヨ。ピヨピヨピヨ。小鳥の鳴き声と共に俺は起き上がる。……ホノカはどうやら不在だった。今日は休日。なんだか朝になると気分が重たく感じる。「……疲れた」ふと口から出た言葉はそれだった。今日も誰かを殺さなきゃならないと思うと憂鬱で仕方がない。「……」服に着替えようとすると同時に視界が歪む。俺は頭を抱えた。「……ゼェーッ……」息を吐く俺。なんだ、なんだこれは。目眩、動悸、耳鳴り、全身に力が入らない。俺は膝をついて座り込む。「……いやだぁ……」絞るように出る幼い口調の声。「もうやだよ……」俺は首を必死に横に振る。自我を支配されているような感覚。俺はなんとか意識を取り戻す。「……」また一気にフラッシュバックする地獄のような悲劇。カレンの死から、ヒロムの死、ニナ先生をはじめ俺が今まで殺してきた人や俺のせいで死んでいった人の顔が一度に脳裏に現れる。
ペタッと女の子のように座り込んだ俺は、顔を上げて「うわぁぁぁん……」となんの恥じらいも無く泣き出す。そんなに疲れていたのか、ここまで俺は頑張って来たのか。精神がどんどん自分と離れていく気がする。メンタルの脆さが俺の弱点だ、殺人犯にならなかったとしてもここまでメンタルが脆いと警察ではやっていけなかったのだろう。ヒーローなんて、父さんみたいに誰かを守りたいだなんて夢のまた夢でしかないんだ。俺には成し遂げることができない。俺はサユリを守ろうとしているんじゃない、サユリがいない世界から逃げているだけだ。「……」でも、俺に残された救済はもうサユリしかない。サユリしかないんだ。いっそ本当にサユリと心中出来たらどれだけいいのだろうか。
嗚呼……死にたい。俺はここで俺の本音に気づく。俺って本当に……。サユリを"理由"にしたいんだ……。自分に嫌気が差す。殺せ、殺せ、殺せ。俺を誰か抹殺してくれ、もうこんな自分でいたくない。こんな汚い俺でも誰かに愛して欲しい……いや……サユリに。でもそれは……俺の現実逃避でしかない……? 俺にはサユリが必要だ。俺はサユリを守ってきた、俺は誰に救われるんだ、俺の事は誰が助けてくれるんだ、楽にしてくれ、誰か俺を楽にしてくれ!涙がひたすら流れる。俺は……どうすれば……。




