四十一話『葬送』
翌朝、サユリの無事を確認して、手を繋ぎながら通学路を歩き登校すると、何やら教室前が騒がしく、警察も集まっていた。「どうしたの?」とミサに問いかけるサユリ。ミサは目を見開きながら「…ッぁッ…あッ…」と言葉を詰まらせる。「なに、ちょっと見せ…」サユリは警察官の後ろから教室を覗き込むと同時に、悲鳴をあげる。「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」ザワザワと騒がしくなる廊下。俺も警察の横から教室を覗き込む。
「!!??」ユリカが死装束に身を包みながら、教室の中央で首を吊っていた。床にぶちまけられた無数の花に看取られながら、眠るように静かに死んでいる。自分の机には線香と木魚、そして遺書。破かれてびしょびしょに濡れた少年漫画誌。「嘘よ…そんなの嘘よ…」と瞳を震わせるサユリ。俺が人を殺せなかったから、また運命の犠牲者が出た。…なんでヒビキはこんな状況に耐えられるんだ、なぜ…。「本郷寺!」慌てて駆け付けた岸田先生も声を上げる。岸田先生は警察に中に入るよう指示され教室の中へ足を踏み入れた。後から来た分倍河原は、「なんの騒ぎ?」と俺に問いかけるが、拳を握り、前髪を隠しながら下を向いている俺を見て「…」と言葉を失う。サユリとミサは怯えるような表情を浮かべる。「行こ…」とサユリがミサの手を引っ張り、どこかにいなくなってしまう。「失礼します」遅れてきた刑事が、カバンを抱えながら、教室へ入る。教室へ入る時、その刑事が俺に視線を向けて微笑んだような気がした。「?」俺は首を傾げる。刑事と何かを話す岸田先生。僅かに声が聞こえる。黒髪短髪で紫目の刑事。呆れる程、容姿が整っていて、現場には少々浮いている。学年主任が「野次馬はよして体育館に行きなさい」と指示すると、残った生徒たちは並んで体育館へ向かう。
皆が体育館へ向かう中、ぼーっと教室と警察たちを眺めていると、「弐式」と学年主任が俺の名前を呼ぶ。「…」俺は黙って体育館へ向かう列に合流した。ザワザワと近くの人と会話しながら話す生徒たちに混ざり、下を向きながら歩いていく。体育館に流れるように辿り着いては、クラスも学年も関係無しの来た順でそのまま体育座りになる。予定には無かったはずの臨時の学年集会。俺は犠牲者を出してしまった責任を感じながら、静かに誰かが言葉を発するのを待つ。校長が階段から舞台へ上がり、マイクを手に取る。『今朝、本校で痛ましい事件が起きてしまった。職員の方ではいじめ事案を認識していたが調査の遅れにより尊い命が失われる結果になってしまった。』校長は震えた声でそう言った後、声のトーンを力強いものに切り替える。『いじめは犯罪だ。この中に犯罪行為に関与した生徒がいるなら本日中に正直に職員室まで来なさい。現場を目撃した事がある生徒も怖がらずに職員に伝えなさい、本校は隠蔽せず職員全員で出来る限り全ての対処を行う。一人で抱えずに大人を信頼しなさい』校長の言葉に、真剣な眼差しを向ける生徒たち。遠目に見たミサとサユリは、体育座りになりながら膝に頭を埋めている。『今日の授業についてだが、全科オンラインに切り替える。やむを得ず校舎で受ける場合はパソコン室を解放する。タブレット端末の貸し出しを希望する場合は図書室まで来るように。』校長の言葉の後も各学年主任による報告が続き、長い話が終わると、生徒たちは体育館から解放される。
真っ先にサユリと合流する俺。「こんなすぐ帰ったらお母さんに怒られちゃう…」と震えるサユリに、「じゃあサユリは、校舎で受けるのか?」と問いかける。サユリは、「うん、」と小さく頷く。事件があった学校にサユリを一人にしておけない…。「じゃあ俺もそうするよ」と言っては、サユリは、申し訳なさそうに「ありがと…」と呟いた。サユリとパソコン室に向かう途中、さっきの刑事に、「ちょっと僕、いいかな?」と話しかけられる。俺はその声に振り返る。サユリは「あ…、先日はどうも…!」と刑事に頭を下げる。「笛野さん、先日は捜査にご協力いただきありがとうございました、」刑事も頭を下げた。「知り合い…?」俺がサユリに問うと、サユリは「ほら…連続殺人事件について調べてる…」と俺に説明する。俺はハッとした。そうか、この男が。俺の尻尾を追いかけている…。などと考えながら、その刑事をじっと見つめる。「堂上です。火神くん、君のお父さんにはお世話になっているよ。一度君と話してみたかったんだ、今時間取れないかな?」真っ直ぐな眼差しが俺を捕らえる。それは俺がかつて憧れた刑事そのもの。サユリは、「まだ彼を疑ってるんですか!?」と驚く。「いいや、違うよ。僕は火神くんを疑ってるわけじゃないんだ。たまたまこの学校に入る機械を得たんだ。…ただ一度だけ…彼とお話してみたい。それだけだよ」そう言いながら俺に鋭い目を向ける堂上に、ゴクリと息を飲む。「ちょっと彼、貸して?」とサユリを見て笑う堂上。サユリは「…ぇ、ぁ、はい!」と戸惑いながらも答える。
堂上に連れてかれ、「ここにしようか」と空いている隣のクラスの教室に入る俺。「座って?」堂上に言われるがまま、「はい…」向かい合わせに座る。「…本郷寺さんの調査の方は大丈夫なんですか」俺が問いかけると堂上は、「うん、君たちが体育館にいる間に一通り終わったよ。遺体は一先ず警察が安置場に引き取った。いくら遺書があったとは言え、まだ他殺の可能性もゼロでは無いからね」と穏やかな口調で説明する。「それで、火神くん。君の部屋に仕掛けたボイスレコーダーには気づいてくれた??」俺の目線の動きを見逃さないように観察する堂上。俺は、「そんなもの仕掛けてたんですか!?」とわざとらしく、多感な男子高校生のように動揺する素振りを見せる。「ごめんね?今度また回収に行くつもりだけど。でもまさか僕も驚いたよ。話題になっている連続殺人事件の容疑者最有力候補が君みたいな学生だなんて。捜査中も君のお父さんは息子を庇うために必死だった…。」語り出す堂上に、俺は「冤罪です」と目を逸らす。堂上は「でも本当のところはどうだろう?」と優しい声で俺に迫る。「気づいていないだろうけど、呼吸のリズムが乱れてるよ」と指摘する堂上。俺は少しの焦りを覚える。「じゃあ、話を変えようか」俺の反応を見た堂上は、「今回のいじめ事件。笛野さんが関わってると思う?」と試すように俺に問いかける。俺はこの場合の適切な答えを探す。でも、俺には腐ってもサユリが関わっている、となんて言えなかった。「いいえ」俺が答えると、堂上は口角を上げる。
「ありがとう。君の事、よく理解出来たよ」この数秒で何を理解したと言うんだ。俺は堂上に異物を見るような視線を向ける。堂上は「いやだな、そんな目で僕を見ないでくれよ」と余裕そうな面で微笑んだ。こいつの一つ一つの所作に腹が立つ。「火神くん。その答えでより一層君への疑いが深まった。僕の目に狂いはない。僕はもう君が連続殺人事件の犯人だと確信してる。全ての悪意を法で裁くのが僕の使命だ。静かにその時を待ってて。火神くん。必ず僕が…君を処刑台へ葬り去る。」堂上の言葉に、「だから冤罪です、証拠も無いのに辞めてください…」と呟く俺。立ち上がる堂上。俺もその後に続き席を立つ。「失礼します」と言って後ろを向く俺の項を、堂上は指でツーッと触る。ゾクッとする感覚に「ッひッ…」と声を上げ、「何をするんですか!?」叫びながら振り返ると、堂上は「ごめんごめん、悪気は無いんだ。」と揶揄うように笑う。「…」と堂上に冷めた視線を向けた後、彼と距離を置くように隣のクラスの教室を出ていく。まだ項に触れられた感覚が残る。「気持ち悪い…!!!」サユリが待つパソコン室に向かいなら、静かに呟くのだった。




