四十話『スズラン』
その日の夜も、母さんの部屋に入り、母さんが寝た事を確認した後、いつもの様に殺しに向かう。暗い外を歩いていると、後ろを浮遊するホノカが「もう何人殺した?」と俺に問いかける。「…両手で数え切れないほどだ」俺が答えるとホノカは、「よくやってるよ、お前は」と俺を褒める。「段々感覚がおかしくなってきているんだ。最初は人を殺す事をあんなに躊躇っていたのに、最近はなんだか心地良ささえ覚える。人を殺す事を俺が求めているんだ。もっと酷い殺し方をしてみたい、一撃なんて甘いって」心境の変化をホノカに語っては、ホノカは、「歪んでるな」と口角を上げる。俺は道徳的に正しい人間でありたいと生まれてからずっと思っていたのに、なんだか最近そうでないという現実を多方向から突きつけられる。俺はどうしてこんな姿になってしまったんだろう。どこで歯止めが効かなくなったのだろう。最寄り駅に辿り着いてはICカードをかざして改札を通る。「…」ヒロムはここで死んだ。駅を利用する度に、嫌な記憶が過ぎる。最後に腕だけが残ったヒロム。ヒロムは俺の中で守れなかった事実の象徴だ。立ち止まり、そっとヘッドホンを耳に当てる。そして電車が来るのをただ待つ。耳から流れるのはラップ調の洋楽。どこの誰が歌ってるかもわからない音楽で、まだ心の奥底に眠るわずかな不安を掻き消す。下を向きながら、揺れる吊り革、移り変わる窓に映し出される景色から逃げる。アナウンスも聞こえないまま、二十分ぐらいが過ぎた適当な駅で降りては、カムパネルラランドの観覧車が目に入る。俺はヘッドホンを静かに下ろす。また改札を通ると、よりによって稲城に来てしまった。駅を出ると真っ先に目に入る閉園後の観覧車が出迎える。俺は遊園地を横目に、閑静な住宅街へ入る。
後ろをついて浮遊するホノカは、「カガミ。どうする。人が全くいないぞ」と俺に問いかける。「どこかの家に入ればいい」防犯出来ていない家に入る事に味を占めた俺は、辺りを見渡す。マンションが目に入った。俺はそのマンションに入り、一部屋一部屋、ガチャ、とドアノブを引っ張り、鍵が空いてないか確認する。「マンションじゃ防犯カメラがあるんじゃないか」と心配するホノカに、「大丈夫。無いのは確認した」と答える。「あらどちら様???」おばさんが扉を開ける。俺は一瞬動揺するが、「あッ…一つ上の階に住んでる人の友人です、部屋間違えました」と頭を下げる。「変ねぇ」と俺を見つめるおばさん。俺は目を逸らす。「まあ、夜遅いからね、酔ってるのかなんなのか知らないけどあなたもゆっくり休んで。最近連続殺人とかあるんだから、気をつけなさいよ!!」おばさんが扉を閉めた後、俺は「はぁ…」と胸に片手を当てながら安堵する。上の階に上がると同時に、ホノカが「言い訳だけは得意だな」と面白そうに俺を見る。「まさか人が出てくるとは思わない…」ホノカに言うと、ホノカは「お前はもうほとんど警察にマークされてるんだぞ、もっと警戒しろ」と俺を注意する。「はいはい…ん?」上の階の部屋の扉を引くと普通に扉が空いてしまう。電気がついている部屋を覗き込むが、靴は一つだけ、それも恐らく子供のもの。親は何をしているんだ???と考えつつ、子供一人だけなら。と中に入り扉を閉める。
気がついたのか、バタバタと子供が駆け寄る。三歳ぐらいの少女。「お兄ちゃん、だれ?」と首を傾げる少女を見て、俺は躊躇する。このなんの罪もない少女をいまから殺すのか…?俺は。「ぁッ…」俺は言葉を失う。「良かった、ゆあちゃん怖い夢みて寝れなかったの、こっち来て」少女はぬいぐるみを抱きしめながら俺を招き入れる。俺は下を向きながら招かれるままに少女の部屋に入る。ホノカは、「さっさと引き返した方がいいんじゃないか、子守りしに来たわけじゃないんだろう」と言うが、俺は小声で「黙ってろ」とだけ返す。少女は、「お兄ちゃん、今からお花屋さんごっこ付き合って」と純粋な目で俺に言うが、俺は少女が後ろを向いたタイミングで、ナイフを片手に握る。「おいカガミ」ホノカは俺を制止する。俺が少女の背中にナイフを突きつけようとした時、少女は振り返り「はいこれ、お兄ちゃんにあげる」と折り紙で作ったスズランの花を俺に渡す。ナイフに気づいた少女は、「お兄ちゃん、?」と何も分からないまま首を傾げる。俺は折り紙を床に捨て逃走した。
ホノカは「待て、カガミ!」と俺を追いかける。俺は息を切らしながら来た道を逆方向に走る。「俺に子供は殺せない…!」走りながら言うと、ホノカは「詰めが甘いな」と愉快そうに笑った。「でも今日も殺さないとお前の周りで人が死ぬぞ」ホノカは俺をバカにするような目を向けながら言うが、急に走ったせいか、俺は動悸に襲われてそれどころじゃない。駅前のベンチに座り、はぁはぁ、と白い息を吐く。そして暗い目を夜空に向ける。「中途半端で、どちらにも転がることができない救世主がどこにいる。笑えるな」俺に呆れるホノカ。俺は先程ナイフを握った片手を震わせる。正義が叶わないのなら、さっさと壊れて楽になってしまいたいのに。俺はそれすら許されないのか????両手で頭を抱えながら心で嘆く。どうすればいい。立ち止まってる時間は無い。ヒビキにこちら側についてもらわなきゃいけない。今日中に殺さないと周りの人間が死ぬ。それが…サユリだったら…。ずっと座ってるわけにはいかない。なんの報酬も無いまま俺は改札を通り帰りの電車に乗り込む。いまもずっと震えたままの片手をもう片方の手で抑える。心が痛む。俺はいつまで苦しまなきゃならないんだ…。
最寄り駅まで辿り着いては、歩いて自宅まで戻る。今日は何も成し遂げる事が出来なかった。自分の部屋に戻っては布団に隠れる。「サユリが…サユリが死んだらどうしよう…」弱々しい俺の声を聞いたホノカが、「情けない」とため息をつく。「サユリが死んだら…サユリが死んだら…」パニック状態になる俺に、ホノカは、「明日が楽しみだな」と笑った。




