三十九話 『メフィスト』
放課後、俺は真っ先にサユリの席へ向かう。「帰るぞ」俺が言うとサユリは、教科書をカバンに入れて「うん、」と立ち上がる。通学路を歩いていると、「ねえカガミ、こっち向いて」とサユリは微笑む。「ん?」俺がサユリに視線を向けると、間髪入れずにサユリが俺にキスをした。「んむ……」俺は目を見開く。口の中で舌を突き出してさらに深いキスを求めるサユリ。「んッ……」俺の背中は電柱に接触し、息が続かないほどのキスに唇を離す。「はぁッ……はぁ……」俺が蕩けた目でサユリを見つめると、サユリは「どうしたの、カガミ、可愛い顔になってるよ?」と微笑む。「サユリは俺に従うんじゃ……」恥ずかしくなり、腕で口を隠しながら言うと、「カガミは私がそばにいるだけでいいんでしょ?」と俺の頬に触れるサユリ。
何も言い返せず、「嗚呼……」と呟く俺。「もっと私を求めていいんだよ、」サユリは優しい声で俺の思考回路を解かしていく。下を向いて黙る俺に、サユリは俺の顔を覗き込む。「こっち来て」俺の手を引っ張りながら走るサユリ。俺の家を通り過ぎ、連れてかれたのは全てがはじまった公園。イエス・キリストの像が静かに見守るその場所で、サユリは俺と向かい合わせになりながら、笑みを浮かべる。「ねえ、カガミ。裏で悪い事してるって本当なの??」責めたりせず、俺に本当の事を言わせようとサユリは迫る。「……なんで俺を疑うの?」計算され尽くした子兎のような悲しげな顔で、サユリに問いかける。サユリは、「聞いたの。警察の人から。カガミが今までの事件に関与している可能性があるって。だからね?? 本当の事言って。私はカガミを全肯定する、お願い……」と俺を真っ直ぐ見つめる。
「……」瞳を揺らす俺。「なんて名前の警察官から聞いた」俺が掠れた声でサユリに問いかけると、サユリは、「ううん、教えられない。」と首を横に振る。「…」俺は黙って下を向く。「本当の事、答えてくれないと、私……」とサユリは目に涙を溜める。「ぁッ……」"俺が全ての犯人だ。"喉元まで届いた自白の言葉を飲み込む。「俺は何もしていない」俺はサユリに嘘をつく罪悪感に襲われながらも、消えそうな声で答えた。「……そうだよね、きっと警察の人が何か勘違いしてるだけだよね」と安堵するサユリ。そんなサユリを見て、俺の瞳は揺らぐ。「良かった。」サユリはそう言うと、「変なこと聞いてごめんね」と微笑み、「一緒に帰ろ???」と歩いていく。警察の捜査はもうサユリにまで侵食している。父さんがここまで辿り着くとは思えない。一体誰が、誰が指揮を取っているんだ。俺は"堂上"と言う刑事の名刺を思い出す。
いずれ俺が直接顔を合わせる事になるだろう好敵手。「カガミ、何してるの?」立ち止まる俺に催促するサユリ。「嗚呼、今行く」サユリの隣へ行き、帰り道を歩く。家の前まで行くと、サユリは「またね、」と俺に手を振る。そのまま自分の部屋まで帰ると、「おかえり、カガミ」ホノカが俺の名前を呼ぶ。俺はホノカの言葉も無視して、無言のままガンッ、と拳で机を叩く。「どうした」ホノカが俺に問いかける。「警察が俺のサユリに余計な事を吹き込んだ……」俺が呟くと、ホノカは「もうサユリにまで接触されたか、素晴らしいな。日本警察は。」と焦る俺を見て爆笑する。「……黙れ」俺がホノカに言うと、「今まで平然としてたのに、サユリが絡んだだけで取り乱すか。依存体質の色ボケ坊やだな」とホノカは俺を煽る。
「ッチ」俺の舌打ちが部屋全体に響く。「俺の物語に関係ない……部外者が……!!!! サユリに近づくのは許さない……!!!!」俺が叫ぶと、ホノカは空中から俺を見下ろす。「まあ落ち着け。それと荷物が届いていた。」ホノカは俺に中型のダンボールを渡す。中身を確認すると、そこには厳重に包装されたアルミケースが入っていた。「R2だ、慎重に扱え」ホノカが言う。アルミケースの中には、注射器と輸血剤のような赤色の液体……覚醒剤の本体が入っていた。俺はR2を収納に隠す。「忙しいな、お前も」と笑うホノカに、「お前がいなかったらそんな事無かったさ」と答える。「神様はイタズラっ子なんだよ」ホノカは俺のベッドに寝っ転がりながら言った。「お前は死神様だろ」細い目をホノカに向けた後、「参ったな……。サユリに無駄な心配かけないままヒビキの相手までしなきゃいけない」俺の呟きに、「いいじゃないか、両手に花だぞ」とホノカは楽しそうに言葉を綴る。
「サユリは花じゃない。神以上の神聖な存在だ、ヒビキは花ですらない。そこら辺の枯れ草同然の馬鹿だ」ホノカに言うと、「じゃあ、私は???」と興味を持つ。ホノカの問いに返す言葉を選びつつ、「メフィスト。」と答える。ホノカは、はぁ、とため息をついた後、「辞めてくれ、悪魔じゃないか」と嫌がった。「やってる事は同じだろ」俺が椅子に座りながら言うとホノカは、「お前も人に悪魔と言えるような人間じゃない」と吐き捨てた。俺はノートと参考書を広げる。「また勉強か、警察になる道は閉ざされたと言うのに」ホノカはベッドから俺の背中を見つめる。「学びはいつでもアップデートしなきゃ、世間に取り残された古い人間になっちゃうよ」俺が言うとホノカは口を閉ざした。「お前って他人を見下してるよな」淡々と核心を突くホノカに、「そうかな。」と首を傾げながら振り返る。
「無自覚か」ホノカが俺に問う。「人間周りを気にしはじめたら終わりだよ。それに、俺の事なんて誰にも理解できないんだ。俺は人と違う。無理に理解されようと藻掻くより、自分のために時間使ったほうがよっぽど効率的じゃない???」俺の言葉にホノカは、「生きづらそうだな」と鼻で笑った。「それでもここまで生きて来たんだ、生きてるだけで褒めて欲しいね」俺が言うとホノカは、「誰かに無条件に褒められたことが無いのか?」と問いかける。「……母さんも父さんも、昔から成績と礼儀ばかりで俺を評価する。完璧以外認めないんだ。でも、俺には完璧を求めてくるくせに、カレンには常に甘かった。妹だからかなんなのかわからないけど……。カレンだって俺をかっこいいお兄ちゃんって考えだ。俺はそんなに出来た人間じゃないのに。クラスの女子からは称えられて、男子からは嫉妬される。俺を無条件で肯定できるのはサユリしかいないんだ」
深刻な表情を浮かべながらホノカに打ち明けると、ホノカは「かわいそうなやつめ」と吐き捨て、俺に寄り添ったりするような事は無かった。「お前が他人に弱さを見せようとしない理由はそれか。だがカガミ。お前は自分が思っている以上に脆い人間だ。いっそお前は誰かに守られていた方がいいんじゃないか」ホノカの言葉をヘッドホンで遮断して、俺は勉強に戻る。「あーあ。私も嫌われたか」とホノカは寂しそうな表情で呟いた。




