三十四話『ホノカ』
その日は何も無かったかのようにサユリを送り出して、一日が終わった。浮遊状態のまま窓からホノカがやってくる。「何してるんだ」布団を片付けている俺を見ながら、ホノカは「まさか」と何かを勘づく。俺は「そんなつもりじゃなかったんだけど」と補足説明をする。「お前、殺人犯なの自覚してるのか?」と問うホノカに、「心配しないで、ホノカ。今日も殺しに行くつもりだよ」と答える。「SNSで募った女はどうした」ホノカの言葉に、嗚呼……と忘れかけていたメッセージアプリを開く。「お前、スマホの触り方ぎこちないな」と笑うホノカ。「機械苦手で……」と苦笑した後、俺は続けていた会話をホノカに見せる。「紅月響。自殺志願者の一人。母の介護で精神的に疲れてるらしい。今度顔合わせしようってなってる。スケジュールはまた考えたら送るつもりだよ」俺の説明に、ホノカは浮遊状態を解除し、二つの足でベッドに座りながらスマホを触る。
俺はホノカのスマホを見て、「三年前ぐらいのやつじゃんそれ」と呟く。「嗚呼、そうだが??? あっちは欲しい。と思ったものは取り寄せることが出来るからな。私の家にあるスマホを持ってきた。電波は地獄に繋がってる」ホノカの言葉に、俺は「じゃあホノカは今から三年前ぐらいに死んだって事???」と問いかける。ホノカは、「嗚呼」と答える。俺は、一気に記憶が蘇り、「!???」とホノカを見ながら衝撃を受けたような表情を浮かべる。「あの時水族館の前で……すれ違ったのって……」俺が言うとホノカは、「?」と首を傾げる。「俺が中学生の時、水族館で緑髪のホノカに良く似た女子高生とすれ違ったんだ、それでサユリがあの人美人だねって……」俺の言葉にホノカは、「確かにその頃水族館には行ったが???」と答える。「でも、あの時、男の人連れて……」一つずつ思い出しながら言っては、「嗚呼、……キョースケか……」と考えるような仕草をする。「キョースケ……?」俺が呟くと、ホノカは「キョースケ。まあ、私の彼氏だ」と自慢気に語る。
「彼氏いたの!!!?????????」ホノカの一言にさらなる衝撃を受ける俺。「そんなに意外か?」と目を丸くするホノカ。「私はキョースケを信じていた。でもキョースケは……」と言葉を詰まらせる。「ぇ?」深刻なホノカの表情に、俺は黙る。「私に知らないところで殺人をしていたんだ」ホノカの言葉に、「へ」と変な声を出す。「私はキョースケの全てを知っていると思い込んでた。でもキョースケは私には何も言わずに裏で人を殺していたんだ」心当たりがありすぎる状況に、久しぶりに動揺してしまう。「だから私は彼を言葉と力で問い詰めた」予想外のホノカの言葉に、「いやつっよ……」と少し引いてしまう。「すると彼の死神が現れた。私は理不尽に人の運命を書き換えるなんて許せなかった。だから彼の死神に抗議した」語るホノカに、「お前……」と瞳を震わせる。「死神は私にこう言った。"キョースケをこの運命から救済する代償に、キョースケから罪とお前に関する全ての記憶が消える上、お前が殺人の罪を背負う必要がある"と」ホノカの説明に、この世の理不尽を痛感する。
「お前……引き受けたって言うのか……?」俺が問うと、ホノカは「嗚呼」と満足しているような表情で答えた。「即答だったよ」と笑うホノカに、「お前少しは考えるって事……」俺が言うとホノカは、「それ以上に私はキョースケに生きていて欲しかったんだ。あんなにも優しくて、人のためを想っていた人間はいない。そして私は彼を想いながら殺人を繰り返す毎日を送った。そのうちに、この世界は腐っている事に気づいたんだ。無条件の幸福なんて存在しないって事に。守りたいものなんて何も無いって事に」ここでようやく、ホノカも一人の人間だったと思い知らされる。「それで、どうやって死神になったんだ」俺が問うと、「何年も続く使命に精神が保てなくなった頃、私は直接死神に頼んだ。"地獄で働くから私を死神にして。終わらない悲劇から解放してくれ"って。その死神は快く私の願いを引き受けた。都合が良かったのだろう。代わりに私は地獄での任務に追われる事になった。死神が効率のいい海外に分散したせいで日本では犯罪者数が低下。なんでもいいから理由をつけて日本で捌けそうな罪人を探す必要があった。治安のいい日本に好き好んで行くような死神はいない。キョースケと私についていた死神も今は海外にいる。いま現在日本にいる死神は私だけだ」とホノカは息継ぎもせず説明した。
「……じゃあ本当は……誰でも」俺が言うと、「その通りさ」とホノカは答える。「死神はいくつものパラレルワールドをリアルタイムで生成し"運命を書き換える力"に加えて"死神の目"で人の罪状がゲームのステータスのように見たい時に見ることが出来る」ホノカの言葉に、「死神の目」と呟く俺。「別に対象はカガミじゃなくても良かったんだ」ホノカの一言で、俺は選ばれてすらいなかったんだと発覚する。じゃあ、俺の物語はなんのために……? そんなことを考えている間に、ホノカの言葉が続く。「でもカガミで良かった。普通の人間なら大概は踏み止まるか周りの人間なんて気にしないだろうから」俺はホノカに問う。「サユリを地獄に送るのを邪魔した代償って話は」俺の言葉にホノカは、「真っ赤な嘘さ」と口角をあげた。「でもサユリが死ぬかもしれないのは本当だ。そもそも、私はあそこでサユリを襲ってサユリの罪を帳消しにする代わりに、サユリにさらなる罪を背負わせようとしていた。私の本来の目的はサユリなんだよ」と説明するホノカ。「お前ッ……サユリを殺人犯に仕立てあげるつもりだったのか……」俺が言うとホノカは、「お前が遊園地デートの約束を忘れていたのも、それが理由だ。私はサユリを殺人犯に仕立てる為にお前らが遊園地デートをするように事前にサユリの運命を書き換えていた。カレンが浮気の話を持ち出したのも、それでサユリがコンビニ行くと嘘をついたのも、全ては私の計画。だがお前が邪魔してくれたおかげで私はサユリを殺人犯にするよりももっと面白いものを見ることができた」と笑った。サユリが殺人犯になるかもしれなかった。それを聞いた俺は、動悸が止まらない。良かった。その運命を背負うのが俺で、本当に良かった。「お前……怖い」俺がホノカに言うと、ホノカは「いくら頭のキレるお前でも高次元の存在は恐ろしいか」と満足そうに俺を見下ろす。「さっきのサユリに対するお前のほうがよっぽど恐ろしかったよ」とホノカは言い返した。「見てたのか」ホノカに問うと、ホノカは「嗚呼、最中からじっくりと」と答えた。「えっち」俺が以前のホノカを真似しながら言うとホノカは、「万年童帝坊やだと思っていたが上手くなったな」と俺を評価した。「本当、どこかの誰かさんにそっくりだ」とキョースケと思われる人物とのツーショットを眺めながら、ホノカは静かに呟いた。




