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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
終章
71/74

第 話 独白

 ワタシがワタシとして自覚した時、目の前には龍がいた。ワタシはこの者に生み出されたのだ。そう思った。


「お前の名前はイデア。我亡き後、世界の維持がお前の仕事だ」


 頷く。ワタシはその日から世界を知ることにした。あらゆる人、動物、概念、自らの力を使って多くの理を鎮めてきた。ある時代ではワタシのことを天使と呼んでいた。ある時代では奇跡の母と、またある時代では空っぽの魔女と呼ばれていた。


 龍は死と再生を繰り返す唯一の存在だ。一時的にいなくなる故、自らが不在の時の世界の維持が必要だったのだ。ワタシの学びもそのためにある。


 ある日、龍に聞いたことがある。


「人の世では、ワタシとあなたの関係を親子と呼ぶそうです。父もしくは母と呼んでも良いですか」


 龍はしばらく考え、頷いた。


「父なら良い」


「ありがとうございます。お父さん」


 日々は続いた。何も変わることはなく、何も起きず、平穏だった。


 ある日、父は悩んでいた。世界は広い。現世、魔法界、虚数空間、マイナス空間。その全てを己一人で見続け、管理してきたからこそ苦労を知っていた。だからこそ、ワタシの負担を減らすためにもう一人、自らの子供を作り出すことにした。


 目の前で作り上げられていく生命。自らと同格の命が生まれようとしていた。


「お前の名前はアニマだ。イデアと共に、我の跡を継いで世界の維持を行いなさい」


「わかりました」


 アニマが生まれた瞬間だった。ワタシは現世と虚数、弟は魔法界とマイナス空間を管理する予定だった。


 天使のような弟だった。


「アニマ、おかえり」


「ただいま、イデア」


 ワタシ達はうまくやっていたと思う。けど龍の力が弱ってきたことで綻び始めた。


 龍は自らの眷属として、自らの死後の死体から三つの魂を生み出すことにした。三骸体だ。彼らはそれぞれの世界で情報を集め続け、最期は本能的に龍涙の池で情報を吐き出すことで龍を呼び起こす。


 龍が絶えてから、アニマは動き始めていた。ワタシは気がついた。彼は自らが龍を越えるために、不完全な状態で龍を呼び覚ますことで力を取り込もうとしていた。


 いけないことだ。


 ワタシは与えられた役割が優先だと言った。アニマはそれが許せなかった。


 アニマは腹いせに世界を壊し始めた。ありとあらゆる魔力災害を引き起こし、多くの命を奪った。人も動物も植物も、分け隔てなく平等に見るも無惨にした。


 魔法使い達は必死に食い止めていたが、命を賭してでも完全には止める事ができなかった。


 ワタシは彼を殺すことにした。それは困難を極め、一度は断念した。代わりに彼の核を塔に封印し、擬似的な死を与えた。だが、彼はその直前、自らの力を世界と世界の狭間である同一面に隠していた。


 彼方の書庫はどこの誰か知らない魔法使いが作ったものだ。そして、魂の情報となった彼はそこに身を隠した。その場所から本を介して人々を操り、自らの計画を進めていた。


 ワタシは彼との戦いの後、受けた傷によって存在が危うかった。自らの魂のバックアップを取らなければと考え、咄嗟に生まれたばかりの少年である雨木透に自らの魂を混ぜた。何の関係もないただの一般人であれば、彼にも見つかりにくいと思ったのだ。


 彼の元々持っていた魂とワタシの魂は体内で融合し、反発しあった。結果、彼は魔力を持たない青年になってしまった。魔力が無いと言うことは彼を守るものがなく、不幸に見舞われやすい。


 逆に世界で唯一、アニマやワタシに何もせずとも触れることができるようになった。それにワタシは気がついてから、彼をできる限り守ることにした。自分を守るためであったことも否定しない。


 彼が成長するにつれて、ワタシは錯覚してしまった。この子に一度でいいから会ってみたい。これがヒトの言う愛情というものだろうか。ワタシは時間をかけて準備し、彼と会った。人目につかない60.3階の擬似的な空間で会うことにした。


「来たのか」


 ワタシの言葉はひどくぶっきらぼうだったと思う。だけど、雨木透に言った言葉ではない。その言葉は雨木透の後ろにいたアニマに向けて言っていた。慎重に準備を行なっていたが、それでも彼は気がついた。ワタシへの復讐だろう。


 幸にして、ワタシの方が力があった。彼を、いや彼の残滓を消して雨木透に声をかけた。


「こっちに来なさい」


 幼き頃の雨木透、ボロボロの洋服で体のあちらこちらに痣ができていた。見ていられなかった。


「誰」


 雨木透はワタシを見つめ、淡々と答えた。何も希望なんてない声だ。


「……ごめんなさい」


 自然と口が動いていた。私のせいで彼は巻き込まれたようなものだ。いたたまれなくなる。しかし、幼い雨木透は私に近づいてきて、私の手を握った。


 優しい子だった。そして紛れもなく暖かい、命だった。


 もうそれだけで十分だった。親ではない私がエゴを通した。これ以上は何も望むつもりはなかった。


 けど、私は甘かった。彼が振り向いた瞬間、消えていなかったアニマが彼の腹を刺していた。今度こそ私は彼を消し去ったが、幼い雨木透を前にして動揺した。息が細くなる。


 治療を施して彼は一命を取り留めた。だが傷は消えない。刺されたという記憶だけを残し、私は彼と別れた。他の消した記憶は何かのきっかけで、思い出すかもしれない弱い魔術だ。だけど、幼い子供にそこまで強い魔術をかけるわけにはいかなかった。


 その後は罪悪感に呑まれながら、私は彼を少しだけ守りつつアニマを消すための準備を進めた。彼のような存在は二度と生み出してはいけないのだ。


 だが全てにおいて可能性は薄かった。私が力の一部を記録していた本は彼方の書庫にあり、アニマの手中にあった。エリムという抜け道もアニマは使い、力を取り戻すべく動き続けていた。


 負けるわけにはいかない。たった一人でも、私は細い線を辿って行った。この結果をもたらすために多くの犠牲が生まれた。アニマの思い通りに行った部分が多い。それでも、同一面を破壊する事ができれば彼の力はほとんど無くなる。


 はずだった。


 私が逃げていた虚数空間、そこに雨木透はアニマとともにやってきた。彼の潜在意識、そこに刷り込むようにした結果だ。雨木透を目の前にして、私は再び罪悪感に苛まれた。だが最後は直接アニマを叩かなければならなくなるほど、彼の力は強大だった。


 だけど、私は見落としていた。


 私が知らないこと、雨木透は成長し続けていた。彼はわかっていたのだろうか。それとも、たまたまだったのだろうか。私は三骸体のドゥーハが虚数空間に送られた時、最後の切り札とした。龍より作られた彼は、アニマの隙をついて噛み殺すための力があった。


 目の前でアニマの胸が噛みちぎられていた。核が露見して傷がついていた。だけどアニマは反射的にドゥーハを吹き飛ばし、最後までは至らなかった。


 私は覚悟した。けどーー


「あ」


 消えたはずの雨木透が、私の視界を遮る。魂が溶けた空間。彼の思考が私に流れ込んでくる。


『 例え自分の意思じゃなくても僕が終わらせる。うんざりしていても、踏ん張り続けてやる。泥臭く足掻いて生きてやるよ 』


 彼は一本のナイフをアニマの胸に突き立てた。翡翠色のナイフだ。


「じゃあな」


 アニマの核は砕け散って、身体中がニュートリノ以下まで分解されていくようだった。あるべき場所へすら戻れない魂は、ただ世界に消える。


「ふん……こんなもんか」


 アニマは空間に溶けていった。私の世界でたった一人の弟だ。だけど、雨木透は私ができなかったことを成し遂げた。アニマが消えた事で世界中で起きていた異常は静まるだろう。そして、雨木透は私の方へ振り向く。


「あなたが空の魔女、イデアですか」


「ええ、そうよ」


「全て知っています。あのビルで起きたことも僕自身のこと、その全てです」


 彼は私へ笑顔を向けた。涙が浮かんでいた。それがどんな感情だったのか。私は知らない。


「ありがとう……ございました」


 私はその言葉に何もいうことができなかった。それでも彼は続ける。


「ここから出ましょう。イデアさん」


「……わかった」


 雨木透は私の手を掴む。


「ドゥーハさん。よろしくお願いします」


「ふん、大したやつだ」


 獣の背に乗る。傷だらけの背中、彼らは戦い抜いた。


 出口が空いていた。その先に、一人の少女が見える。


「雨木くん! こっち!」


「リック、ありがとう!」


 私たちは外に出る。出迎えるのは郵便局員達、誰一人も欠けていなかった。




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