第六話 魂は災禍で燃ゆる 後編
アニマの体は崩壊しかけていた。膨大なエネルギーを溜め込んでいたが、それを自分のものにする前に不意打ちを受けたのだ。耐えられるはずの体は崩れ始める。
「雨木、あんた!」
羽山の目の前には、確かに立っている雨木がいた。じゃあ死体は?視線をずらすと、彼の死体はそのままだ。アニマも同様の反応。ならば、もう一度殺さなければ。雑巾を絞るくらいの簡単なことだ。しかし、彼の体内のエネルギーが溢れ続けていたせいでそれすらできない。
雨木は有無を言わさず、追撃を仕掛けた。ジード仕込みの剣の使い方で、アニマに振り抜く。アニマはその一撃を避けるが、彼の全身は無数のナイフで貫かれる。
「つくづく、僕は道具でしかない。何が父親だ母親だ。アニマ、お前も空の魔女もうんざりだ」
ナイフが引き抜かれるが、アニマは喉を貫かれて声が出せなかった。足にも力が入らず座り込んでいた。
「お前がどんな存在が知った時から、これを試したかった。随分と効くはずだろう」
彼の胸元に雨木は剣を突き立てる。
『 見えない刃よ 焼ける刃よ 繋げよ血潮 ほどけぬ手でかき回せ 』
「――――――!!!」
アニマの体が燃え上がる。雨木自身の手も焼けるが、剣は決して離しはしなかった。
『 見えない刃よ 焼ける刃よ 繋げよ血潮 ほどけぬ手でかき回せ 』
何度も唱える。
『 見えない刃よ 焼ける刃よ 繋げよ血潮 ほどけぬ手でかき回せ 』
唱える度にアニマの体は燃え上がる。雨木の表情は一切動かず、単純作業のように繰り返していた。
あまりに耐えられない。リックとヴィドのダメージもあったが、龍の力を抑えることは可能であるはずだった。だが雨木の魔術はアニマの魔力に関する部分を焼く。つまり、魔法で構成されているような彼にとっては、特効の魔術となる。
アニマの体はたまらず黒い粒子となり、逃亡を図ろうとした。雨木を前にして逃げることなど決してしたくは無かったが、それでも選択しなれば自らの存在が危うかった。
「待てよ」
雨木はアニマの腕を掴んでいた。掴まれた部分はなぜか黒い粒子として変化できない。雨木の瞳、アニマは思い出す。イデアと同じもの。所詮、己にしか興味の無いこの目が、アニマは大嫌いだ。
彼はそのまま飛び立つ。急激な加速であるが、雨木は両手でしっかりと握り込んでいた。トカゲの尻尾のように切り離すこともできるはずだが、それも出来ない。
急がなかれば自身の体が崩壊し切ってしまう。ここまでやっと来たのに、無限のような時間をかけて準備してきたのに、自身の望みが達成できないのは耐え難いことだ。あの場所へ目指さなければいけない。振り解けなかったアニマはそのまま無理やり飛び続けた。
空中にいる間も、雨木はナイフを振い続けた。わずかだがアニマの体を削ることができる。アニマも抵抗できない。自分の体を維持するのに精一杯だ。
飛び続けたのはわずか十数秒、アニマはとある教会の屋根を突き破った。すでに廃墟と化している教会の中は、おどろおどろしく赤黒い染みまみれであり、雨木の目には凄まじい剣戟を繰り広げ合うジードとレンカンの姿があった。
「んあ?」
レンカンは間抜けな声を出す。
「ボクの腕を切り落とせ!!!」
腑抜けた声であったが、アニマの声と共に鋭く反応し、レンカンはアニマの右腕を切り落とした。返す刃でそのまま雨木を切ろうとする。
「せっかくの兄ちゃんとの戦いに水をさしやがってよぉぉぉおお!!!」
剣はジードによって止められる。よく見るとジードの方がはるかに劣性だった。身体中に斬られた痕があり、傷口からは骨も見えている。次の瞬間にはレンカンに蹴飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「文句を言うならお前の後ろの奴に言え」
雨木は冷静にレンカンに指摘した。
「俺はこいつの言うことを信じてきたんだ! 言うことを聞けば兄ちゃんを叩き潰せるってな! 何で文句を言わなければならない。アニマさんが正しいんだ!」
「人間を辞めて脳内を弄られてもか? 僕は知ってるぞ。僕たちの認識は、コイツらに刷り込まれただけだ。お前も、僕もヴィドさんやエドワードさんですらも全員手のひらの上でしか無いんだ。わかったら、さっさとどきやがれ!」
「んぁぁああ!!! 俺に難しい話をするんじゃねぇ! 考える必要があるんか? 考えることがそんなに重要か? 素晴らしいか? いいから兄ちゃんにトドメをささせろ!」
だがレンカンの体は、アニマに吸い寄せられるように後退した。もうすでに儀式は始まっていた。雨木も一気に距離を詰めようとする。
「ボクはお前に力を与えた。人では無くなるが凄まじい力を手に入れるものだ。そう、お前はとっくに人ではない。ボクの体のスペアになっているんだ。じっくりと作り上げた」
アニマは充血した目でレンカンの瞳を凝視する。
「何にも考えずに動いてくれて安心したよ。どうかそのまま死んでくれ」
雨木はレンカンの首にナイフを突き刺していた。
「お前はいつも最後までやり切ることができないな。イデアによく似たもんだ」
一瞬の悪寒。だが雨木はレンカンの首を掻っ切る。そのせいで、失敗した。次の瞬間には、ジードと同じように壁に叩きつけられていた。元のレンカンの動きは、今の雨木ですら見えない。加えて、アニマが入ったとなれば手はつけられないのだ。
だがアニマも違和感があった。彼はレンカンの体を奪い、瞬時に取り込んでいた龍および龍涙の池の力を我が物にした。目的の第一段階を達成したのだ。試しに雨木透をこの世から消去するようにしたが、吹き飛んだだけだった。今の自身の力ではおかしい。
「紆余曲折あったが、ようやく元の姿に戻れる」
アニマはゆっくり歩き始める。レンカンだった体は小さくなり始め、骨格から何もかもが変えられていく。
「聞こえるかイデア、ボクはここにいる!」
両手を勢いよく広げて、声を荒げただけ。掠れ、枯らした声だ。だが教会の屋根は吹き飛び、太陽の光が彼を照らす。
今での彼の姿からは想像ができなかった。聖職者。神を祈る側の姿だ。それが彼の本来の姿。黒色の翼が生え、神々しさも脳裏によぎる。
まるで天使だった。
「……教会の使徒はアイツだ、雨木」
ジードの情報でとあるピースが揃った。いくつもの名前を携え、多くの歴史で被害を生み出した同一人物。それが青年エリムであり、教会の使徒であり、アニマだった。
「騎士団はすでにやられておるが、レンカンがベラベラ喋ってくれたおかげで情報は得た。役には立たんがな」
満身創痍ながらも、ジードは立つことを止めていなかった。
「教会の使徒は魔法でしかダメージを与えれん。魔法の使えない私や君では役不足だ」
「ジードさん、あなたの言う通りです。ですが、どうか僕に任せてくれますか。あなたは状況を羽山さん達に伝えてください」
「だめだ。犬死にだ。その役目は君がやりなさい。我は騎士、この状況で引くわけにはいかないのだ。未来ある若者がそれを伝えろ」
しばらく沈黙すると、雨木は言葉を使った。
『 森よ森 茨の道はここにある 楔 その場所へ 』
ジードは改めてアニマへと剣を向ける。しかしーー
「……後で謝ります」
雨木がジードを突き飛ばし、魔術で出来た道へと彼を押しやる。
「何をしている!」
ジードに反論を言う暇も与えず、雨木は道の入り口を閉じる。
振り返る。このやり取りの間、アニマは手を出さなかった。雨木はそんな彼を見る。アニマは祈っていた。背中からは黒く染まった翼が生え、太陽の光によって光り輝いていた。まさに堕ちた天使が神に許しを乞うような姿だ。
祈りが終わるとアニマは雨木に向き合う。力が体に馴染むことで、思う通りの事象を起こせるようになった。
「イデアの場所がわかった。行く方法も。だけどその前に――」
笑う。優しい笑み。包み込むような慈悲深き表情だった。思わずこちら側が祈りを捧げてしまいたくなるほどの神々しさ。そして、彼の口から言葉が下された。
「さよなら」
雨木の右腕が爆ぜる。血飛沫は、アニマの真っ白の衣装に縫われたように染み込んだ。




