表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
終章
60/74

第四話 対は青 前編

 リックは走っていた。羽山の指示通り、彼女は彼方の書庫へと向かっている。走る中、彼女は察知していた。歪な魔力がステルラの街へと向かっていたのだ。


「あれは……?!」


 それは塔から這い出でた脈打つモノだった。その進行方向は彼方の書庫へ直進していた。震え上がるような悪寒。モノからは溢れる力は、彼女の身に覚えがあった。エリムの部屋に向かおうとした自分を妨げた力に違いない。いや、それ以上だ。


 モノはステルラの街を守っている魔獣除けの結界に反応すらせずに進んでいく。街の人間も、気がついているのは一体どれほどだろうか。異常事態にも関わらず、街に入り込んだ彼女が見たのは変わらない日常だ。


 あの力は間違いなく、見えない形で彼らを襲っているはずだ。自らが体験したあれは普通の人間がどうこうできるものではない。どうすればいい。バカ真面目に衛兵に避難を促すべきか。住民に避難を促すべきか。だが脅威が見えていないのに、名も知られていない少女の言うことを聞くとは思えない。


 リックは考えがまとまらないまま街を駆ける。書庫の入り口となっている本屋はすでに目の前。ひび割れたドアをこじ開ける。


「海斗くん!!!」


 リックが店の中で最初に見たのは、本に埋もれて倒れている海斗だった。モノの力にあてられたのだろう。以前はただ気合で耐えた彼も、現状指一本動かすことができない。だが意識はあった。海斗はリックの服を掴むと、残る力を振り絞る。


「リックちゃん。聞いてくれ。逆だった……同一面の破壊は行わなくちゃならない。さっき、何かよくわからない物が本屋の奥に行った。きっと……」


 海斗の意識が飛びかける。


「きっと、雨木が前に一人で会った方のエリムだ。本の最後、俺が出会った方のエリムが全ては逆だと……記していた。危険なのは空の魔女では……無い。この情報を持ってここから立ち去ってくれ」


 リックの体は震えていた。自身の過去のフラッシュバック。燃えた故郷、大切な人の死、自分が関わることで不幸になる人々。無理も無かった。


 彼女は店を飛び出す。海斗は安心するが、彼女は地面に手のひらを当て、言葉を唱えた。


「 見せよ 具現せよ 古き記憶 心ありて 炎は友人 戒めは水となれ 」


 生まれて初めて、魔術の言葉に感情を込めた。彼女の言葉は炎を生み出す。いきなり現れた炎は、本屋を中心にゆっくりと広がり始める。それは幻想であるが、突如巨大な火柱が上がったことに人々は恐れ慄き、住民はパニックになりながらも避難を始める。衛兵たちも勢いが増す炎に対して、住民の避難誘導を行うしかできなかった。



 魔術を起動したリックは店の中へと戻ってきた。海斗は彼女の行動に目を丸くする。リックはすでに覚悟を決めていた。体が震えても、彼女は進む。歩かせるのは何だ。


「止めてくれてありがとう。だけど、それは聞けない。私は行かなきゃ。自分を許すためにも、私がこれからを生きていくためにも。ふふっ……春香ちゃんの真似かな」


 あの日から燻り続ける火種。海斗はその呪いを彼女に見た。自分は彼女の思いを背負うことなど出来ないのだ。海斗は拳を出す。止める力が無いのならーー


「……じゃあ、行ってきな。リックちゃんと解読する日々楽しかったぜ。どんな本でもいいからさ。また、やろう……」


 不幸が焚べる薪となるならば、あなたの生を燃やす力となるのなら、せめて背中は。リックは笑顔を浮かべ、彼と拳を合わせる。


「俺、こういうの一度やってみたかったんだよ……な」


 見届けた海斗は限界を迎え、気絶してしまう。


「ふふっ海斗くんらしい。じゃあ行ってくるね」


 海斗を街の外へと運び、衛兵に引き渡す。街中の人々が離れていく中、彼女は炎の中へと戻っていく。


 リックは彼方の書庫へと足を踏み入れた。泳ぐように空間を進む。彼方の書庫は変容していた。あらぬ方向から本棚が生え、住んでいたはずの生き物たちは息を潜め、空間中に書物が舞っていた。紙は黒く錆び、魔術の効力を失っている物も多い。


 巡る力の中心へと進む。わかっていた。ここには自分なんかが太刀打ち出来ない存在がいる。羽山に彼方の書庫へ向かってくれと言われた時も、危険ならすぐに引き返すように言われていた。それでも、彼女の原因を止めなければという意思は固い。


 エリムの部屋へと続く道は恐ろしいほどに魔力が無くなっていた。黒い空間は溶け、彼方の書庫に侵食されている。そして散らばっている花弁。知っている。黒い花弁を踏みつけ、彼女は進んだ。


 リックは記憶を掘り返す。不可解なことばかりだ。燃え尽きた故郷を出て郵便局に来たのは良いが、姉妹は出ていく選択をした。そうしてタイミングよく現れた空の魔女に関する文献。本には世界から認識されなくなる魔術と、座標に無い場所に行く方法も書かれてあった。そこで雨木を襲う必要がある事も。


 あの魔術も、空の魔女の物では無い。


 考える。姉の死も、雨木との邂逅も、郵便局に戻ることも、一冊の本から始まっているのだ。全てが繋がっている。頭で考えた可能性は、経験と知識を持ってすれば事実と等しい。最初から仕組まれていた。


「わかってたよ」


 宙を泳ぐリックの眼下に黒い海が見えた。ゆっくりと足をつける。奔流は彼女を遮らない。招待するように誰かの意識によって、黒い海は割れていき、彼女の道を作る。リックの目の前には、雨木の話と合致する青年が椅子に座っていた。


「会うのは初めまして。私はリック。あなたは? エリムは名前では無いんでしょ」


 すでに部屋から出てきた青年エリムは、自身の体の調子を確かめていたようだった。リックを見つけると柔和に微笑む。


「名前、名前か。随分と名乗っていない」


 青年は過去を懐かしむ。自身が死ぬ前に名乗ったのもいつだろうか。記憶を探しても見つからない。だが、そんなことは些細な事。


 彼は()遠の()廻を生きる()法ーー


「ーーアニマだ」


 心臓が脈打つ。黒い海が膨れ上がった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ