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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
終章
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第三話 愚者は舞う 後編

 龍の導き、導かれる龍。世界を巡った三骸体の力は全て龍涙の池に還り、世界の苗床を作り上げる。誰にも存在を知られずに朽ちれば、果てしない時間を持って蘇る。龍が干渉できるのは、全てと言って差し支えない。


 三次元に生きる人間が二次元である平面を折り曲げるように、龍はさらなる高次元を持って魔法界や現世に干渉できるのだ。だからこそ、龍は魔法ですら無視してしまう。


 龍はエドワードによって依代を使って呼び出された。しかし、龍にとってはそれらはただの起爆剤でしかない。三骸体の力は龍の物である。本来の自分のものであるならば、取り戻さなければならないのだ。


「ブッフっつ!!」


 龍によって召喚された凪は、口に含んでいたクッキーを吹き出しそうになったが何とか堪えた。


「ちょっとヴィドさん! これどういう状況!!?!」


「とにかく離れる。走れ!」


 二人は走り出す。龍は彼らを見つめながらも動こうとはしない。動く必要はない。何かの引力によって、凪は龍涙の池へと吸い込まれ始める。


「いやいや!魔法以上じゃん。こんなの対策できるわけないだろ……!」


 他の草木は全く揺れておらず、ヴィドも影響は感じられない。とうとう凪は宙に浮いてしまった。


「ちょっと嘘!!!」


「掴まれ!」


 ヴィドの差し出した手はすり抜け、凪は池の方向へ体を引き寄せられる。ヴィドは池中心部へと向かうが、今度は何者も寄せ付けない風が辺りに吹き出した。風というよりは質量を持った何かと言った方が正しい。


 龍は自身の目の前に凪を連れてくる。そして彼女と視線が重なると、その口を開けた。


「人の世で見たもの。奥底で全てを見せよ。その後に判断を下す」


 凪は龍に中指を立てる。


「やだね。それにさーー」


 龍は凪の言葉を聞いていない。彼女はなす術もなく池へと、その体を捨てられる。黒い池の壁面は赤黒い。血液のようなそれは、この世界の地脈の集合体だ。視界が黒くなり始める。光を奪われている感覚。安らかな眠りを促されているよう。それでも、三骸体である凪の意識は強く保たれる。


「私を呼び出してるってことはさ。きっと彼らも来るでしょ」


 疾風が生まれた。どんなに歪であれ、風に変わりない。彼女はすでに塔の事を聞いていた。


「カスみてぇな意識があるならスピードを上げろ! まだ遺言は早いんだよ!」


 声が聞こえる。雲を貫き、吹き飛ばす風が一閃。そして、一匹の狼と共に青年が現れる。凪の口角は自然と上がった。


「いい目だよ、透」


 雨木はドゥーハの背中から飛び降り、開いた池に自ら身を投げた。ドゥーハは池の側に立ち、龍を睨みつける。彼も抗っていた。数コンマでも意識を許せば、彼は傀儡に戻る。だが、創造主である龍と対峙していた。


 龍は疑問だった。己の力、ある種のシステムである彼らが自分に抗っていることだ。しかし、疑問の原因を龍はすぐに理解した。自身の手を見つめる。爪先が欠けており、粒子となったそれはどこかに飛んで行っているようだった。


 ドゥーハは息を荒げ、睨み続けていた。辺りが凍り始める。声が張り裂けそうな雄叫びをあげ、自らの力を解放する。彼には龍涙の池の力が流れ込んでいるのだ。長年連れ添っていた羽山ですら見たことがない様相である。


「ずいぶん乱暴な真似をする。雨木よ、まるで昔の羽山のようであったぞ」



 一方、池へと飛び込んだ雨木は彼女に手を伸ばしていた。


「命の見返りはこれでいいだろ、春香!」


 凪は両手で顔面を隠した後、悪人のような笑みを浮かべる。


「九十点だ! 手はいらねぇ! 行くだろ、この先へ。世界を見に行こうか!!!!」


 凪は飛び込んで来る雨木に背を向ける。その背からは服が破れ、鱗が見えていた。幼き頃に抉られた背中は、自分が還るべき場所に来た事によって再生された。雨木にとっては、いつも追いかけていた背中。もし、人間で無かったとしても、カッコイイ事には変わりない。


「あぁ! 君らしいよ!」


 雨木は加速して彼女の隣に並ぶ。凪の額には汗が垂れていた。瞳は黄色くなり、明らかに彼女の体に異常が発生していた。身体中が軋む。だから意識はしていないのだろうが、彼女の目からは水が昇っていた。


 雨木は彼女の少し前に行き、彼女の頬に触れる。ドゥーハにした事と同じだ。


「少し、もらうよ」


 凪の中から魔力を吸う。彼女の中に溢れている龍の情報と力、これらは魔力によって暴走していた。雨木が触れて体外に流し続けると、彼女の軋む体もましにはなる。


 このまま行くのが正しいとは思わない。考えがあるわけではない。元に戻れない以上、落ちていくのが必然。それでも彼らはそのニュアンスで捉えないのだ。笑顔で溢れている。


「私、忘れ◼️うだから先に言っ◼️おく。ヘッ◼️ ◼️ンであんたの耳を塞いで行った言葉」


 凪の言葉が、所々聞こえない。


「あったね。覚◼️てる」


 雨木の言葉も届かなくなり始める。これは言葉という概念が、通用しなくなり始めていたのだろうか。


 凪は変わり始めた姿でも、瞳の強さは変わらない。言葉の力強さも変わらない。彼女は言う。あの日、彼女にしては珍しく、気恥ずかしくなって言えなかった言葉だ。


「私は皆と日常を過ごし続けるから」


 凪は少し頬を赤らめる。雨木は静かに瞳を閉じた。同じだ。彼も同じなのだ。


「僕もあの日々を続けたい」


 もし、この池の外でこの会話を聞いている者がいたのなら、彼らの会話はとっくに理解できないものとなっているはずだ。自らの理から外れた場所へむかう。その意味は何か。


 彼らは落ちる。辿り着いた世界は、無数の鏡が広がる場所だった。



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