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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
終章
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第一話 雪は熱を帯びた 後編

 配達が終わって、雨木はジードとの練習場へと向かう。道中は雪が降り肌寒い風が触れるが、その間にも体に魔力を流す練習は続けていた。起きている間、彼はこの訓練を欠かさない。そのおかげか、魔力のコントロールの精度は日に日に向上している。


「これも、前よりもできるようになったな」


 雨木は一人つぶやく。何もかもが前に進んでいる。最近だと寝る前に起こっていたタナトフォビアの症状も治り始めていた。良い傾向だ。そんな彼を変えたのは、郵便局員との会話だけでは無い。雪を手に取り、足を止める。


 思い出すのは、依頼人と配達人の会話だ。


「今日もありがとう」


「やったよ!ママからの手紙だ!」


 笑顔が見える。


「華奈……ごめんな」


「これ、亡くなった息子のバットです」


 涙が聞こえる。


「遅いよ。何年かかってんの」


「謝罪は?仕事やる気ある?」


 怒りを受ける。


「…………?この人は知りません」


「えーっとこんなの頼んだかな」


 忘却を知る。


 琴吹郵便局の仕事は、人の感情を直接受け取ることだ。荷物を届けて、感情を目の当たりにし、彼は日々を過ごしていた。たとえ時間がかかっても、届けたい物、伝えたい気持ち。それらを受け止める。雨木は、一度止めていた足を再び前に出す。


 季節は冬。彼が思い出すのは冷たい水の中だ。いて刺すような身体中の汗腺に針を刺されるような痛みだったのを思い出す。あの頃に受けていた感情は、どうしようもない怒りの感情のみだ。先生や友好的な友人の前で見せていたのも、繕った笑顔だ。彼らが抱いていた感情は、雨木に届いていたわけではない。雨木も自分の感情を届ける気など無かった。


「やっぱり僕のせいだよな」


 郵便局に来て、半年と少し。様々な者と相対する上で、雨木は色んな感情に触れた。彼を封じ込めていた親がいなくなったのもあるだろう。彼は人を知った。嫌な気持ちも、嫌だと知る事ができるようになった。一度ついた心の傷跡は埋まる事は決して無い。加害も、被害も。自分の心が歪んでいくのも自覚する。自分が肉体的にも精神的にも弱いことに変わりないのだ。


 だけど、なりたい自分を演じ続けることはできる。なりたい自分に、素敵な人に、誰を救いたいわけではない。雪が雨木の鼻先に落ちて溶ける。前を見れば、雪の帷が開く。彼の吐く息は、随分と白く映っていた。白いモヤが晴れる。目の前の老騎士は寒さの中、雨木をジッと待っていた。


 特訓は会話も無く始まる。ジークは一気に距離を詰め、大剣を振るう。雨木は魔術で応戦する。この魔術はリックの仕込みだ。雨木はジードの剣戟をなんとかしのごうと、透明な武器を使用してトラップとする。雨木の動き方は最高効率に魔術を回す方法だった。リックが用いていた透明な武器を作るのは情報量が少なく、元々魔力を持っていない彼の体によく馴染んでいた。だが小細工は彼に通用しない。ジードは全てを大剣で薙ぎ払うと、雨木に振り下ろす。


 雨木は体を翻しながら紙が一枚入るかどうかの隙間でなんとか躱わす。すかさずカウンターを入れようとするが、ジードに蹴飛ばされてしまい、そのチャンスは無くなる。届かない。土を掴みながらも立ち上がる。雨木は再び構えるが、ジードは大剣をしまってしまった。


「今日は終わりだ。時間だろう」


「もうそんな時間ですか」


「少し早いが、この辺りで切り上げる。伝えておかんとダメなこともあるからな」


 ジードはその場で座り、雨木も彼に倣う。


「ドゥーハと共に調べていた黒い呪いだが、その根源となる場所を特定した。場所はとある教会だ。すでに何人かの騎士団が調査へと向かっている。私もこの後向かうつもりだ」


「教会ですか」


 雨木は思い出す。ヴィドがエドワードと戦った後、雨木達は教会の使徒という魔法使いがいたことを知った。炎の魔法使いミアが雨木の背後にいる人物として考えていた存在だ。黒い呪いとも無関係ではないだろう。


「くれぐれも気をつけてください」


「雨木、君もだ。白い塔がある場所の特定ができたのだろう?お互いに注意を払っておくべきだ」


「そうですね。注意はしておきます」


 ジードは立って雲の隙間を見る。そこからはドゥーハが彼らを見下ろしていた。


「迎えが来た。私も行く。何があっても、決して命は投げ出すな。もっと貪欲に喰らいつけ。私から言えることはこれだけだ」


「わかってます。ジードさんと一緒に酒を飲める日を楽しみにしていますね」


「そうか!まだ酒が飲める歳では無かったな!その日まで楽しみにしておこう。またな」


 風のように走り抜けたドゥーハに飛び乗ると、ジードは雪原をあとにした。風で雪は舞い、苛烈な吹雪を生み出す。雨木はその風にも微動だにしなかった。




 雨木が一度郵便局に戻ると、リックと羽山が彼を出迎える。リックはいつでも行ける状態。羽山が入念に準備運動をしていた。


「久しぶりの外出だからテンション上がるよ。体も動かすし、ちょっと待ってね。体がつったら大変だ」


 リックは羽山の代わりに、雨木の業務終わりの事務手続きを済ます。


「お疲れ様、雨木透。準備はいいか」


「いいけど……」


「どうした?」


 雨木は常日頃思っていた。リックは凪のことは春香ちゃんと名前で呼ぶ。一方、雨木に対してはフルネーム呼びが変わらなかった。正直むず痒かった。


「呼び方なんだけど、雨木透だと硬いし……雨木とか、何か他にあだ名とかどうかな……?」


 リックは表情変えずに考える。たしかに彼を刺したことに対して、後ろめたい気持ちがあった。でも何となく呼び続けていたフルネームが定着していたのも事実だ。


「じゃあ、雨木くんでいいかな。あだ名は思いつかないから、春香ちゃんに考えてもらうよ」


「了解、ありがとう。だけど凪に考えてもらうのは待って。彼女は僕に対して絶対ろくなあだ名を付けない」


「ふふっ確かに」


「二人ともお待たせ。じゃあ行こうか」


 郵便局を出ようとする三人を、ヴィドと凪が送り出す。


「くそっ何で私もいけないんだ!!!」


「凪、君は慎重になるべきだ。羽山、二人を頼む。危険が迫ったらすぐに帰ること。エドワードの件もある。何が動いているのかわからないからな」


「あぁ、わかっているよ。じゃあ行ってくる」


 彼女達は向かう。リック達が老人エリムの本を解読して判明した場所だ。


「 森よ森 茨の道はここにある 先へ 先へ 白き塔へ 」


 道の魔術が唱えられた。

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