第十話 これからは僕が
ヴィドの元から逃げ出したエドワードはとある建物にたどり着いていた。蓄積したダメージと、移動に使った物の反動で体を上手く動かすことができない。柱にもたれかかる。
「随分ボロボロになってんな〜」
「相手は君が化けたヴィドだよ。彼は一筋縄では行かない。生きて来られただけでも幸運だ」
「たしかに。彼に化けるだけでもかなりの魔力を持って行かれたからな。よいしょっと。疲れたわ〜」
レンカンは腰を下ろし、暗がりの天井を見つめる。
「あー早くお兄ちゃんと一騎討ちしたいんだけどな」
「君は人の身だ。代償を使うのは仕方がない。それよりも、三骸体の複製は」
レンカンは胸ポケットから赤黒い液体を取り出し、エドワードの目の前でヒラヒラさせる。エドワードは安堵の深い息を吐く。
「じゃあ後は、あの障壁を破るための方法」
エドワードはレンカンから受け取った小瓶を見つめる。魂までも吸い込まれそうな深い色だ。
「雨木透が持つ、アドニスのナイフがあれば龍涙の池の奥地へと私は行くことができる」
「はいはい。俺は別に仕事しただけだから帰って寝るわ」
レンカンはそそくさと建物を出て行こうとする。
「興味は無いのか。君も危険な行動を取ったというのに」
「今のお兄ちゃんの実力が知れて良かった。俺は戦いたいだけだから、あんたは好きにやってくれ。魔法の起源なんかどうでもいい」
エドワードは懐に小瓶を納める。
「じゃあヴィドも良いぞ。彼は強い」
レンカンは軽快なターンをしてエドワードに振り返る。
「俺がしたいのは弱い人やお兄ちゃんをいじめる事だからさ。そんな強いやつと戦う気なんてさらさら無いね」
「そうか。ならヴィドは合わないな。私はここで休む。あれによろしく言っておいてくれ」
手を振って出て行こうとしたレンカンだが、何か気がついたようで彼は拳を手の上でポンと叩く。
「あぁ、たしかに。丁度良い弱いやつが、もう一人いたな……」
雨木は郵便局に到着した。凪を背負って帰ってきた彼を、ジードとドゥーハが出迎える。彼女を寝かせてくると言って雨木は先に郵便局内へ向かった。状況の説明を頼まれた海斗は巨大な狼と騎士に若干ビビりつつも、現世で何があったのかを話す。しかし、話が終わっても体が大きなドゥーハはともかくジードも郵便局内に入ろうとはしない。不思議に思った海斗はジードに質問をする。
「あなた達は郵便局に入らないんですか?」
「少年、私たちは局員でも無ければ客でもない。今のこの状況、我々は入るべきではないのだ。君もここにいなさい。ヴィドが帰ってきた後は我々はすぐに帰るつもりだ」
「あーそうなんですね。じゃあ俺とお話しして下さいよ!本物の騎士と出会えるなんて初めてなんで嬉しいっすよ!」
「そうか、そうか。騎士は嫌われることも多いんだがな。じゃあ何から聞きたい?」
「えーっとそうですね、まずは……」
雨木は郵便局の窓越しから、海斗とジードたちが楽しそうに話しているのを眺めていた。海斗のいい所だ。雨木以上にどんな相手でもすぐに打ち解けられる。あのコミュ力の高さは真似できない。
「眺めている場合じゃないな」
背中にいる凪を部屋まで運ばなければならない。廊下を歩いていると、ソフィアが壁から顔を出す。
「帰ってきおったか。大丈夫かの?わたしゃ心配じゃったぞ」
「えぇ、何とか。あ、ヴィドさんはいらっしゃらないですし……羽山さんって今どこにいますか?」
「羽山か?あやつはリックと一緒に彼方の書庫に行ったんじゃないのか」
「そうだった……ヴィドさんの口ぶりから戻っているのかと思ったんですが違うんですね」
ソフィアは空中で人魚のように一回転する。
「あの仕事マニアもアメキからの連絡を受けてすぐに出て行きおったからの。間違えることもあるじゃろう」
「そうですね」
引っかかる事があったが、それは後だ。雨木凪の部屋に辿り着き、彼女をベッドに寝かせる。
「これは部屋に居るのは悪いのう」
ベッドに横たわる雨木の顔は穏やかだった。それを見たソフィアは何か思うところがあったのか、部屋を出て行ってしまった。
部屋には凪の寝息だけが響いていた。雨木は彼女にはすでに二回も助けられている。雨木を底から引っ張り上げたその手を、彼は見つめる。
「まだ寝てる。これなら聞こえてないかな」
彼女に布団をかける。彼女は抱き枕のようにしてしまう。気持ちの良い夢を見ているようだ。雨木はベッドのそばにしゃがみこんだ。部屋の中にいた精霊達は、そんな彼を見つめていた。少し間が空いて、彼は口を開く。
「これからは君をリックを、追い抜くぐらいの気持ちで行くから」
躊躇いながらも、雨木は自分の中身を、心を、咀嚼するように話す。独り言だった。
「色んな人に修行をつけてもらうよ。かなり辛いかもしれない。たぶん何回も死にかけるだろうね」
原点は親への怒りだった。自分の弱さに憤慨し、現実に打ちのめされた。希望なんて無かった。精神は磨耗して、何もかもがどうでも良かった。
魔法界に来てから色々な経験をした。自分も、自分の周りも目まぐるしく動いた。傷ついた。傷をつけた。全てが楽しい事では無かった。肉体的な傷は今もなお、彼の体に残っている。
「それでも、約束するよ」
空の魔女のことをはじめ、わからない事ばかり。どうなるのか見当もつかない。それに自分が弱いことも自覚している。ヴィドやリックのように魔術に精通していない。エドワードのように魔法を使えるわけではない。ジードのように体を動かすことができるわけでもない。それでも、雨木は決めていた。
彼の居場所は琴吹郵便局しかない。失う恐怖もある。だがそれ以上に、雨木は琴吹郵便局の人達に感謝していた。自分のことを救ってくれた人々に対する純粋な感情だった。
「皆の居場所は僕が守る。安心して帰って来れるように、ただいまって言えるように」
例え、己にどんな事が待ち受けていたとしても。
「そんな胸を張れるような人に、僕はなるから。見ててよ、凪」
言い終わった後、やはり少し恥ずかしかったのか雨木は頬を赤らめる。
「わー暑い暑い。じゃあ、おやすみ。いや寝てるか」
雨木は部屋を出ていく。扉が閉まる音が聞こえる。精霊達は何事もなかったように再び空中を漂っていた。何も考えてなどいない。だけど、部屋に残された人は、布団を抱きしめて頬を赤らめていた。
第二章を読んでいただき誠にありがとうございます!次回より終章に入ります。少しプロットを整理してから執筆開始いたしますので、ぜひ楽しみにお待ちいただければと思います。これからも作者と「マホウヲハコブモノ」をよろしくお願いしますね!




