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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第二章
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第九話 踊者は花の中 中編

 自らのツリーハウスに戻ったエドワードは、机に手を置いて大きく息を吐いた。


「やはり、現世に行くことは難しいな」


 リリーはタオルを持って、エドワードの元へ駆け寄ってくる。そんな彼女をエドワードは撫でながら謝罪する。


「すまない、リリー。嫌な役をさせてしまったね。今日はもう小屋に戻っておきなさい。地下のだよ」


 リリーは彼の言うことを聞いて部屋から出ていく。


 静かだ。


 エドワードは窓辺のカーテン、その布地に手をかける。握る力が強くなる。瞳を閉じて懐から取り出したのは、あの赤黒い液体が入った瓶だ。彼は大事に握りしめながら唇を噛み締め、一人呟いた。


「私は私の衝動を抑える事ができない。魔法使いである以上、衝動は私のコントロール下に無い。この執着は、もはや呪いとなって私の体を這い続けている」


 エドワードは扉を開き、外に出た。冷たい風だ。


「これが運命であるのなら、せめて私は私の願いだけでも叶えさせてもらう。叶える事ができるという傲慢さは、きっと誰にでもある」


 彼はウッドデッキから空を見上げる。


「そうだろう?」


 一人、彼の目の前にローブを着た人物が現れる。彼はフードを被っていたままだった。黒い手袋をはめ、その男は彼を見下ろす。エドワードはフードの影から見える眼に懐かしさを覚えた。いつかの日、彼がまだ魔法使いであった頃に向けていた、何者も信じられないような眼だ。季節をいくつも重ねた分、その重厚さは威圧感を放っていた。


「ヴィド」


「何か弁明する事は」


 ヴィドの声は冬よりも冷たい。感情がまるでこもっていない。リックや他の郵便局員に向ける態度と全く異なる。


「無いよ」


「そうか」


 ヴィドの中に渦巻く魔力は周囲の気候を不安定なものにさせてしまう。寒暖差は四季を一瞬で繰り返し、森の中にいた動物達は本能のままに逃げ出す。


「エドワード、覚えているか。私が道の魔法使いと呼ばれていた理由」


 フードは風に吹かれて捲れ上がった。


「あぁ、覚えているよ。様々な場所に移動できる、道の魔術を使えたからでは無い。魔術を魔法を、長年の経験と有り余る魔力をもって先駆者となり開拓していった。その開拓の実績を、やがて人は魔道論の道として記録した。そうして、君は尊敬と畏怖を込めて道の魔法使いと呼ばれたんだ。あぁそれと、ついでだが君を怒らせた時の怖さも覚えているよ」


「話が早いな。なら誰が関わっているのか、全ての情報を吐く気はあるか」


 ヴィドの表情はすでにエドワードの回答を知っているようだった。


「これも無いよ」


「そうか……」


 ヴィドは右腕を天に掲げた。


「残念だ」


 エドワードは笑みを隠せていない。


「力の在り方としては魔法と魔術の中間といった所か。魔法を失ってもここまでの迫力を持っているとは」


 エドワードにとって嬉しい誤算だった。魔法使いとして幾年も生きれば、心は平坦となり並大抵の刺激では彼の心は動くことは無かった。謝罪も便宜上だ。どうせ自身よりも命短い者のことなど、最初からどうでもいい。あるのは、自らの興味。魔法の根源だ。


 だからこそ今、体の奥底からくる死の恐怖は彼にとってはまたと無い刺激だった。過去、彼らは互いに魔法使い同士として互いを高め合ってきた。だがヴィドは魔法を失って以降、エドワードと相対することはなかった。これまでも、ヴィドは自身の本気をエドワードにぶつけた事など無い。そのヴィドが魔法を失ってもなお、エドワードに相対せんとしているのだ。魔法使いが有するような膨大な魔力で、魔術に特化した者。そんな人物はこの世にヴィドしか存在しない。エドワードの興味が動かない方がおかしい。


 息を飲む。そして、エドワードも左腕を頭上に掲げた。瞬きの暇もなく、森の中の木々達がヴィドに襲いかかる。魔力によって強化された大木は、ダイヤよりも硬くナイフよりも鋭利なものだ。だが、それはヴィドには届かない。飛んでくる全ての害悪はヴィドの目の前で霧散した。


「懐かしいな、エドワード。昔から詠唱前に邪魔をすることは変わらない」


「気に入ってもらえたようで嬉しいよ。では私もー」


 エドワードは両手を掲げる。世界有数の実力者が互いに言葉を使うのだ。魔力の規模が桁違いだった。二人が使った言葉は通常の魔術師とは違い、非常に短い詠唱。だが、それは彼らの努力の結晶、最大最高の威力を持っていた。彼らの練度は、ただ生まれて魔術師を行なっているようなものでは、到底辿り着けない圧倒的な天性の差がある。


 ヴィドは言葉を使う。


『 心帰せり 陽を鳴らせ 』


 彼は過去、身を削り続けた。実際に腕を、足を、腹を吹き飛ばすこともあった。人の醜さも、世の不条理も、そして己の未熟さを、彼は知っている。彼が掲げた右手には太陽のような球体が現れる。初めは巨大だったそれも、ヴィドが一瞥すると小さく圧縮される。彼が太陽だ。人々の前に掲げれば、煌々と進むべき道を照らすだろう。


 エドワードは言葉を並べる。


『 禍の歌 火毒を結ぶ 』


 彼は過去、時間を削り続けた。心臓に針を刺し続けるように、一体どれほど自身の魔術をその身に受けてきたのか。全て、究極は自己である事を、彼は知っている。彼が掲げた両手に従い、右手には彼が持ちゆることの出来る毒の塊が、左には全てを飲み込まんとする黒の球体が現れる。混ざり合った二つはたちまち森中の生気を奪い、黒檀より黒い槍と化す。毒は薬であり、薬は毒となる。


「ヴィド」


「エドワード」


 言葉が衝突する直前、彼らは友の名を呼んだ。


 

 世界から音が掻き消える。


 強大な魔力は世界の物理法則を、宇宙の規則も歪めてしまう。


 掻き乱されるのは世界。


 木は朽ち、焼かれ、古より続く理を焼かんとせし、全て灰となる。




 そして、一つの森が役目を終えた。


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