第七話 今はここに 後編
人は時に直視しなければならない現実を、言わなければ、聞かなければならない真実にぶつかる時がある。書物の内容を見続ける凪はまさにその瞬間に囚われていた。
「私が……三骸体?死んでるって事?え、じゃあ私は一体?」
凪は雨木が空の魔女に作られた存在だと公言した事を思い出した。彼女は彼に聞いた。どんな気持ちだったか。雨木は元々自分にあった記憶だったからか、違和感もなく体に馴染んだと言っていた。凪の場合は違った。彼女自身が全く知らない事を、予想だにしないタイミングで知ることになってしまった。
海斗は凪の顔を覗き込もうとする。しかし、凪は垂れていた桃色の髪を掻き上げ、彼を睨みつける。
「って言うとでも思った?」
凪は不敵な笑みを浮かべていた。
「うわ!びっくりするわ。おい、大丈夫か」
「はっはっは!大丈夫かって?面白い冗談だ。私がこれぐらいで動揺するとでも。あいにく、おセンチな状況は嫌いなんだよ。楽しくなってきたじゃないか!」
凪は突如笑い出す。海斗は書物をしっかりと握りながら後退した。
「おい甲斐無し。さっさと調べるぞ」
「ま、凪さんがいいなら別に構わないけどさ。これ全部今から探すの?彼方の書庫みたいにゆっくりできるわけじゃない」
「それなら安心して。リックちゃんに教えてもらった魔術を使う」
凪は深呼吸した。狼魔獣に出会った時に、リックが使った、隠されている物を暴く浄化魔術。そして、自分を育てた祖母から教わった記憶操作の魔術を合わせる。
「そっか、血は繋がってないのか。別にいいけど」
目は開く。
「 意思のまま 今はここに 足元にハギは咲く 姿示せ 泥は浄化せよ 御霊のままに 」
海斗には廃屋に見え、凪には綺麗な状態に見せられていたこの屋敷。凪は考えた。これは祖母が綺麗なものを見せてくれているのだと。他の人は近づかないようにしてくれているのだと。祖母の意図を理解する。凪にその魔術をかけて世を去ったこと。そして、凪が成長すれば破れるほどの魔術であること。この魔術を解けば、きっと現れる。
本棚のある空間は形を変え始める。屋敷にかけられていた魔術は結び目を解かれ、本当の姿を見せた。彼女達がいた地下に生えていてたはずのカビは取り除かれ、書物の管理に適した環境になっていた。
「そこだ」
凪は指をささず、言葉と同時に新たに出現した本棚に直行する。出てきた三つの書物を開く。一冊目は凪家の事実。二冊目と三冊目はあの空の魔女に関する本と同じ文字で書かれていた。凪家に関しては海斗も読めるので彼に投げる。二冊目は一見すると何が書かれてあるのかわからない。ただし、凪は読めた。理解することができた。幼い頃に読んでいた絵本は祖母のオリジナルだった。その絵本と同じ文字で書かれていたのだ。刻まれた記憶が呼び戻される。
継いで剥いで描かれた記憶を、彼女は全てを理解するように読み進めた。文字は一文字一文字に魔術が施されていた。そのせいで認識阻害を生んでいたため、本の内容を理解する事はできなかった。だが凪の行った魔術の余波によって、内容は開示される。そして、龍涙の池の真実が明かされる。凪は若干、興奮気味に内容を噛み締めた。
「龍涙の池は黄泉の国に繋がる場所……!虚数空間とは違う、マイナスの座標だったのか!」
次の本だ。凪は置いていた三冊目を握るが、突如大きな音が屋敷内に鳴り始める。ミシミシと柱が悲鳴を上げ始め、巣食っていたネズミや虫達も逃げ出していた。木片が上から落ちてきて、あたりに降り注ぎ始める。凪が使った魔術は屋敷の形を保つための魔術も同時に解除していた。そのせいで人の手入れを全くされていない屋敷は崩れ始めていたのだ。自分の失敗に気がついた凪は海斗に叫ぶ。
「崩れる。屋敷から出るぞ!本を詰めろ!」
隠されていた三冊の本といくつかの書類を彼女達は袋に詰め、柱も倒れ始めた屋敷を全力疾走した。雪崩のように屋敷は彼女達を覆い尽くさんと追いかける。砂埃を吹き飛ばし、間一髪で屋敷から飛び出した。海斗が砂埃を吸って咳き込んでいることも無視し、凪は三冊目の本を読む。そこにはこう記載されていた。
『魔法使いが現れた。明らかに現世の魔力の濃度が上がり続けている。空が魔力によって変色してる。だがこれは本当に魔法使いか。魔法使いとしても、あまりにも力が有り過ぎる。以前来た魔法使いとは訳が違う。魔法界が不安定なのはこの魔力のせいでは無いのかと考えるほどだ。だが、しばらくするとこの空間の異常も無くなった。何が起きていたのだ』
「ちょっとは心配してくれよ!」
「そうか、じゃあ今この現象はー」
本を閉じた。
「魔法使いが現世に来ているのか」
凪は海斗の背中をひと叩きした後、来た道を戻り始める。考えながら、体力を消費しないように歩き続けていた。あのエリムに渡された本の内容をさっさと解読しなければいけない。だが、状況を見れば体力を無駄に消費するのは悪手だ。
「凪さん、本の内容について教えてくれよ」
「いいよ。まずはー」
凪は海斗に本に書かれてあったことを話した。そして文字を理解できなかった理由を海斗にも共有する。
「そうか、じゃあ帰ってリックちゃんのやつと見比べなきゃ。これで空の魔女にも近づくはず」
「凪家はどうだった」
「これも凪さんが読んでくれ。著者の言葉をそのまま受け取るべきだ」
「わかった。じゃあまずは郵便局に戻ろう。あんたも来い」
海斗はガッツポーズをした。凪は本を受け取り、カバンにしまう。
「よっしゃ!ようやく郵便局に行けるのか。ずっと行きたかったんー」
再び歩こうとした二人の足が止まる。まだ森の中、道とは言えない場所を彼らは道として歩いていた。人がいるわけがない。ましてや、目の前の神秘的で綺麗な格好をした異国風の男性が日本の森にいるのは普通ではない。
「こんなところで何してんの?」
凪は首を傾げて嘲笑の笑みを彼に向けた。一方、彼は柔和な笑みを作る。現世にやってきたのは薬の魔法使い、エドワードだった。




