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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第二章
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第六話 雪は帷が降りるよう 中編

 老騎士は地に降り立った二人を見ると、地面に刺さっていた大剣を鞘に戻す。ドゥーハがやって来た時のスピードは並の人間だと吹き飛ばされるほどの衝撃だが、彼は微動だにしなかった。


「む、来たか」


 ドゥーハの背中を降り、雨木はワイバーンの隣にいる老齢の騎士と邂逅する。銀の鎧は歴戦の痕跡が刻まれており、胸の辺りにステルラの街で見た狼のエンブレムが入っていた。ドゥーハの背から降りた雨木はその老騎士に挨拶する。


「琴吹郵便局の雨木透です。あなた様もご依頼主でしょうか。本日はよろしくお願いいたします」


「これはご丁寧な挨拶を。私はジード・ウル。一介の老騎士だ。本日はよろしく頼む。ドゥーハの背に乗ってきたようだが、勢いに飛ばされたりしなかったか?彼はたまに乱暴になる」


 彼の声は低く、良い声だった。一方、ドゥーハは大剣を携えた老騎士、ジード・ウルに少し鼻を鳴らす。


「ジード、郵便局員を連れて来たのは我だ。あまり悪態をつくようなら、騎士団に獲物を分けてやらんぞ」


「冗談だ。騎士団には羽をいただければそれでいい。防具の素材になる」


「ならば早く切り落とせ。それぞれ別の荷物として扱わなければ我らの同胞が喰らい尽くしてしまうぞ」


 ジードはいつの間にか大剣を地面に刺していた。


「あぁ、もう切り落とした」


 ワイバーンの背から翼が滑り、大きな音と砂埃を立てて落ちる。明らかに一介の騎士とは思えない動き、そしてこのドゥーハと対等に会話している間柄。どう考えてもジードがただならぬ存在である事を示すには十分だった。


 雨木は驚きはしたが淡々と仕事をこなす。リックとヴィドの訓練の結果、ハコを開けることも以前よりも早く、そして二つ同時に展開できるぐらいには魔力のコントロールを行うことができていた。片方に翼、片方に残りのワイバーンの死体を入れ、ハコを閉じた。


「うむ、では先に我の同胞達の元にへ向かうとしよう。二人とも我の背に乗れ」



 ドゥーハは今度は少し屈んで二人が乗りやすいようにしてくれた。雨木とジードはそれぞれ飛び乗ると、再びドゥーハは空を駆ける。その柔らかな背で雨木とジードは互いに向かい合って話していた。


「雨木君は現世出身だな。ここに来てどれくらいなのだ」


「二ヶ月ほどです。ようやくこちらの生活に馴染んできました」


「こちらだと魔術に関して知識や経験をつけておかないと身を守れないだろう。そのあたりは大丈夫か?」


「……そうですね」


 全くもって大丈夫ではなかった日々だったので、雨木はつい苦笑いをしていた。しかし、自分の拳を見つめて現状を考える。


「最近は魔術も扱える様になって来ました。少々のトラブルなら自分でも対処できます。業務も完全に一人で任せられるようになった感じです。ただまだ強くなりたいですね」


「そうか。郵便局員はトラブルがつきものだと聞いておる。こうして会ったのも何かの縁。それに強くなりたいのであれば、配達が終わったら身を守れるように訓練してやろう。」


 雨木は先ほどの斬撃を考えた。これ普通にやったら死ぬやつだ。リックに教えてもらったのは魔術、ヴィドに教えてもらったのはある程度の体術。剣の知識なんて無いし、自分の持っている刃物は魔力の生命線であるアドニスのナイフだけだ。雨木は彼から視線をずらして考える。


「剣を持っていないのと、たぶんジードさんに訓練されたら僕死ぬ気がします」


 リックとヴィドの訓練でも、雨木は何度か死にかけているのも事実だ。


「ふはは。それぐらいの手加減は任せなさい。剣に関しては適当に枝を切った物で代用しよう。騎士の実際の戦い方を見ておくのもいい。暇を持て余した老人の時間潰しにでも付き合ってくれ」


「わかりました。ではよろしくお願いします」


 ジードは笑いながら雨木の背中を思いっきり叩くと静かに頷いた。雨木も笑うしか無かった。


「ジードさんとドゥーハさんってどのような関係なんですか?本日の依頼はドゥーハさんだけだと思っていたんですが」


 鼻を鳴らす声が聞こえてきた。


「今日の依頼は我ら二人からだと栞は見抜いていた様だがな。ワイバーンの死体如きでハコの容量が満たされるわけが無い。我らの関係性だが、昔から休日に共に狩りをするのだ。どちらの方が素早く獲物を狩れるかという形でな。二人とも老いた身となった今は協力して狩りを行っておる」


「競い合っていた頃が懐かしいな。ドゥーハも久しぶりに手合わせでもするか?」


「最後に一戦交えるのも悪くないな。だが、栞に絶対見つからないようにしないとまた怒られる」


 ジードが笑いながらドゥーハの背を叩く。


「三骸体の一体であるお前でもやっぱり彼女には勝てんか!」


「振り落とすぞ」



 そこから少しして、ドゥーハの速度が緩まる。眼下にある森は霧がかかっていた。彼が吠えると霧の真ん中に穴が空き、中に入ると森の視認は問題無かった。違うのは森に生えている木々の中に真っ直ぐ伸びているものがないという事。そして白い雪のような胞子の集合体が辺りに漂い、幻想的な光景を作り出していた事だ。


 森の中でも雨木達はドゥーハの背に乗ったままだった。しかし地表に降りた後、しばらく彼が止まっていたため、雨木は近くにあった幹に手を触れる。温かな魔力の流れが伝わって来ていた。そしてドゥーハはゆっくりと進みながら森を教えてくれる。


「ここは郵便局の森ほどではないが魔力が溜まっておる。魔力が中途半端なせいでこうして木々が曲がっておるのだ。胞子はあまり吸わぬ方が良いぞ」


 しばらく進んだ後、森に入った事であることを思い出した雨木はドゥーハに話かける。


「ドゥーハさん。この前郵便局近くの森で呪いになっていた狼魔獣を見ました。何かご存知だったりしますか?」


 歩みが止まった。


「それは誠か?」


 背中に乗っているはずなのに、彼の視線を感じた。


「はい。同行していた他の郵便局員によって浄化しましたが、体がほとんど蝕まれていたせいで消えてしまった個体がほとんどです」


「我が森の個体ではないな。だが同族が呪いの様なものに苦しむのは見たくない。対処をしておこう」


 ジードは二人の話の間に入る。


「その話、騎士団の方でも似たような事例がある。近年、黒い呪いに犯されている魔獣の報告例が多いのだ」


「ならば、我と王国騎士団。しばらくは情報共有を行う様にしよう。今日のような休日の狩りではなくな。我も大地を駆け、呪いを浄化して回ろう。構わないな、ジード」


「よろしく頼む。騎士団では原因の究明を急がせる」


 目的地にはその後、すぐについた。100mはあろう深さの大きな穴は、螺旋状に底へと続いていく。穴の中には縦横無尽に一本の巨木かと見紛うほどの木の根が張り巡らされ、それら木々本来の耐久性のみで容易にドゥーハ達の体重を支える。根には所々穴が空いており、そこから狼達が雨木達の様子を伺って出てこようとしない。暗い穴から見える彼らの瞳は月のように光っている。


「最下層へ向かう」


 ドゥーハは木の根を飛び移りながら最下層へと降っていく。狼達に灯りをつける習慣は無い。穴の下部に向かうに連れて周りの景色は次第に光を失っていった。底へ着くと雨木達は背中から降りる。ドゥーハの指示に従い、中央にハコからワイバーンの死体を取り出す。ドゥーハは死体に片足を乗せると穴全体に響き渡るように遠吠えをした。


 狼達が咆哮に合わせて地下に降りてきた。何百匹の狼達はドゥーハの前に統制されたように座り、数度吠えたドゥーハの話を聞いている。尻尾を揺らしていた者も、彼の話を聞いてその尾の動きを止める。そしてドゥーハが足を退け、これまでで最も長い咆哮をあげる。響きが過ぎ去った後、彼らはワイバーンの死体に食らいつき始めた。


「我の依頼は以上だ。次は騎士団へと向かおう」


「わかりました。ではよろしくお願いいたします」


 雨木は彼に何も聞かなかった。狼達の反応を見れば、ドゥーハが雨木達に話したことと同様の事を伝えたのだろう。彼らの表情だけで雨木は察した。だがドゥーハの表情は全く変わらず、誇りを持った獣のままだ。であれば外から水を刺すのは御法度。雨木達は再びドゥーハの背に乗り、狼の森を去って行った。


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