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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第二章
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第五話 これは何の 前編

 凪は郵便局の扉を勢いよく開けると同時に、お菓子の入った箱を突き出した。勢いが強すぎて中に入っているお菓子が崩れる心配が出てくるほどだ。


「羽山さん、ソフィアさん、ただいま!雨木の金で美味いお菓子買ってきたから食べよ!」


「ただいま帰りました」


 少し入りづらそうにしているリックに肩を組み、凪は受付のカウンターへと向かう。ソフィアは凪の声を聞いて顔をニュッと壁から出し、羽山は一人足りないことに気がついた。


「雨木は?」


「あいつは外にいます。風に当たりたいみたいで、ちょっとしたら戻ります」


「そうかい。じゃあ彼が帰ってきたら、ピクシー達にお茶を淹れてきてもらおうかね」


 羽山がソフィアに手を振ると、彼女は凪からお菓子の箱を受取ってグッと親指を立て、ピクシー達の元へ向かった。



 雨木は凪が言う通り、外で風に吹かれていた。彼は近くに備え付けられているベンチに座ってボーッと森と空を眺めている。いつも思う。空を見上げると雲は無邪気に等速直線運動をして、形を崩さずに流れていく。そして人は掴めそうだと手を伸ばす。ただ手を伸ばすだけでは決して届かないのに。それでも雨木は自然と手を伸ばす。


「これから」


 凪達には風に当たりたいと言ったが、実際には一人になりたかった。エリムの部屋から出て、しばらくして彼らに何があったかを話した。初めは特に体調を悪くしていた凪とリックが心配だった。しかし、彼らはエリムの部屋から出て少し休憩すると、心配どころか来た時よりも元気になっていたぐらいだった。さっきも必要以上に勢いよく郵便局の扉を開いていた。


 彼女達の事はあまり心配ではない。海斗だってそうだ。現世と魔法界、隔たれた二つの世界を行き来し続けているが、特に問題はないらしい。彼の思惑、彼の行動、全てを共感できるわけではないが理解はできる。だとすると、雨木の今後の課題は空の魔女だった。だが、その存在の手がかりを探し、たどり着いた先に何があるのか。エリムと呼ばれる一人も空の魔女に関係する存在で、実際に雨木達に危害を加えてきた。


 エリムと会って起こった様々な事象、雨木は彼らに説明こそしたが自分の中では飲み込めていない事も多い。特に父親の事が彼の中を渦巻いていた。彼の頭の中では、自分は父親と母親は存在しているが、空の魔女に作られた存在でるという矛盾が跋扈する。もし両親が彼にとって心の底からの親だったら。雨木は今、額に手を当てて考える必要も無かっただろう。怒り、悲しみ、虚しさ、どれとも似て似つかない感情。どこか割り切れない。


「どうしようかな」


 空の魔女に作られた存在であると分かってから、ずっと考えていた。引っ掛かっていたという方が正いか。しかし、雨木はもう自身が現世に帰るつもりは無かった。それゆえに直視することを避けていた。だが予想外とは言え父親と会った今、ここで問う事から逃げたらあのクズと同じになってしまう。それだけは嫌だ。雨木は答えの無い問いに悶々と思考を巡らせていた。側から見れば上の空にしか見えない。


「一人で何してんの。長いよ」


 雨木が顔を左に向けると、腰に拳を当て少し膨れた面をした凪が立っていた。すぐに戻ってくると言っていたのに気配が微塵も感じられないために呼びにきたのだ。


「凪、ごめん。そろそろー」


 雨木はベンチから立とうとした。しかし、凪は彼の肩をグッと掴み、自身が座ると同時にベンチに押し戻した。目を丸くしてる雨木は、凪をただ見つめていた。


「いや見過ぎ」


「痛っ!」


 あまりに見つめられると流石に凪も気恥ずかしかった。強烈なデコピンが雨木の額を襲う。凪は肺の中の空気を一度全て吐き出した後、口を開いた。


「雨木からエリムの部屋の話を聞いた時、正直胸がざわついた」


「凪は自信ある方だと思ってたけど」


「違う、私の事は心配してない。雨木だよ」


 雨木は理由がわからなかった。凪は雨木がベンチで座っていた時と同じように空を見上げる。彼女が中々話出さないので、雨木も同じように空を見上げた。二人で流れる雲を見ていると、ようやく凪の重い口が動いた。


「雨木は強がってる割に悲しみに満ちた瞳をしてる。初めて会った時から変わらない。ここに来てからは少しはマシになったかな。けど、エリムの部屋に行ってから変」


「そう?君も同じだと思うけど」


「はぐらかしても無駄。事実じゃなくて、あんたの心を聞きたいんだ。どうせ男は女に勝てないから、大人しく私のいうこと聞いときな。それにー」


 凪は伸びをする。猫のように柔らかく体がしなる。


「あんたの話、いつも誰かに話した後だった。雨木って何だかんだ私だけに心を直接話す事、無かったよね?」


「そうかな。そうかも」


「話して、今の心を。今のあんたはポックリ逝ってしまいそうだから、聞いておかないと私の心残りになる」


 雨木は顔を両手で擦り、凪を真似て伸びをした。硬い体だが、それでも何もしないよりはマシだ。二人とも目線を合わさずに空を見上げていた。


 沈黙が流れる。静寂を破ったのは雨木だった。


「父親に会ったって言ったよね。その過程で、僕はこれからどうしたらいいのかわからなくなった」


 凪は何も話さない。


「僕は空の魔女に作られて、あのクソ男の子供で、矛盾している。じゃあ空の魔女に直接聞けばいいのか。これもやっていいことかわからない。だからエリムは丁度良い存在だったんだ。でも結果的に凪達を危険に晒した。もう一人のエリムがいなければ君たちの体に何か残っていてもおかしく無かった」


 エリムの部屋の間から出てきて凪達はすぐに体調が戻った。だが、直接中に入った雨木から言うとそれは些か違和感があった。エリムが使っていた魔法でもない力、あれは人に死を与えかねない代物だった。だから全員が無事で帰ってこれたのは奇跡に等しい。あの老人エリムの助けがなければどうなっていたか、想像もしたくない。


「僕はさ、本当にこのまま空の魔女を追い続けてもいいのかなって思う。正直、自分の出生は諦めてもいい。もう僕の母は死んでいるし、父とももう話す気も会う気も無い。それに海斗が話していた同一面の破壊は少なくとも僕たちが生きている間に起こる可能性は低い。わざわざ誰かを助ける気なんて無いのに、もう琴吹郵便局の人達を危険に晒すのは嫌だ」


 凪は口を閉ざしたままだ。


「じゃあ、僕は何をしたらいいんだろう。何をして生きていけばいいんだろうって思って。生きてきて、ずっとその日を生きるのに必死で、何も考えれていなかった。じゃあ今は?これまでどうやって生きていたのかわからなくなった」


 雨木はベンチから立つ。


「だったら琴吹郵便局を出て行こうかなって考えてた。一人なら、僕が空の魔女のことを調べようと思っても誰もついてこない。一人なら、僕が勝手に行動しようと郵便局の人は変わらない」


「雨木、自分で言ったこと忘れてない?」


「何を」


「生きてる事が普通だろう……働くってのはすごい事だってさ。おセンチになってたあんたの素晴らしいお言葉」


「煽ってる?」


 空を見ていた凪はゆっくりと体を起こし、両腕を組んだ。


「結論は出てる。雨木はここに来て生まれて初めて安心したんだ。だから今まで向き合うことが出来なかった事を、見つめることが出来ている。生きていることを自覚している。それだけさ。もっと甘える事を覚えなよ。空の魔女の事も、ゆっくり考えればいい。まずは魔術の修行でもしてからでどう?リックちゃん色々使えるみたいだし。それにー」


 凪は雨木の前に立ち塞がり、彼の注目を自分だけにする。彼女の自信に満ちた顔、ダウナーな雰囲気を纏っているのに、雨木と同じ目をしているのに、その本質は全く違う物だ。そして、凪は首にかけていたヘッドホンを雨木の耳にかける。何も聞こえないほど、彼の音を奪った。


「               」


 凪は何か呟いた。


 彼女はすぐに雨木からヘッドホンを外し、自身の首に掛け直す。太陽よりも眩しい笑顔を携えて彼女は笑う。ちょっとだけ屈むように、そして人差し指を口元に持ってきてウィンクする。


「この言葉もいつか聞いてほしいしさ」


 あぁ、そうか。前に感じたあの感覚。これもー


「話してくれて嬉しかったよ。じゃあ、早く戻ってきなよ!じゃないと私とソフィアさんがお菓子を食べ尽くしちゃうぞ!」


 凪はピンクの髪を揺らしながら、郵便局に戻った。少し傾くのが早くなった太陽の光が彼女の髪に吸い込まれる。


 そして、雨木は自分のとある気持ちに気がついた。もしここに居るのなら、ここに居続ける資格を自分に与えるなら。


「だったら、せめて強くならないとな」


 雨木は郵便局の扉の前に立つ。中から賑やかな声が聞こえてきた。彼は目元を拭って扉を開ける。自分の中の矛盾を少し、ほんの少しだけ受け入れた気がした。

 


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