表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第二章
33/74

第四話 その名はエリム 中編

 エリムは概念。意識を持った概念。人ではないそれの気まぐれはエリムの素体となった存在によって大きく変わった。老若男女問わず、種族問わず、どのような存在であろうと縁があればなることができる。時に助言を与えれば、時に復讐の鬼と化し、時にひたすらに快楽を求めるような道化として立ち回る。それがエリム。彼方の書庫の管理人である概念だ。


「さぁ踊れ、雨木透!空の魔女に対する憂さ晴らしだ!」


 雨木が出会った二人目のエリムは、雨木が嫌がる事を選んだ。選ぶタイミングも最悪。ドアノブを握って呆然したままの雨木は左を見る。そこには失踪した雨木を探す二人の警察官が立っていた。警察官から見れば、雨木は普通に失踪した部屋の中から出てきたようなものだ。一瞬で表情が険しくなり、雨木に近づいた。


「おい!待て!」


 雨木は静止も聞かずにベランダから飛び降りていた。二階から両手足を使って器用に着地すれば、足に全身の力を込めて走り出した。別に悪い事をしているわけではないが、何がきっかけで魔法界に戻れなくなるのかわからない。一刻も早く戻らないと、もう現世の居場所を断ち切った彼は捕まる訳にはいかなかった。


 しかし、警察官の二人を巻くことは厳しかった。次第に距離を縮められて、捕まるのは時間の問題だった。雨木は近くの古ぼけた民家に逃げ込んだ。ここも見つかるまで少しの猶予も無いだろう。魔法を使う訳にもいかない、安全な場所など無い。彼に現世で安全な場所も、心の拠り所もない。そして彼は全てを放り出したつもりだった。


「この辺りにいるはずだ!」


「はい!」


 警察官達の会話が聞こえる。過呼吸気味になった息を整えながら雨木は思考を巡らす。少し走っただけで息が切れていたのは、彼の体はエリムの“言葉”によって見えないダメージが蓄積されていたからだった。考えれば考えるほどその視覚不能の傷口は開き、痛みとともに彼は自身の体を抱くように抑えた。


 本当は夢なんだろうか。雨木にそんな思考がよぎった。今までの全てのことは、気がおかしくなった雨木が見ていた夢で警察官達は何か罪を犯した自分を追っているのだろうか。普通に考えて魔法なんて無い。だから、自分が見ていたのは都合の良い何か。凪や羽山、ヴィド、関わった全ての存在は夢なんじゃないか。じゃあ、自身は何の罪を犯した。雨木は頭を掻く。いつも綺麗だった髪がボサボサになっていった。


「違う、違うんだよ」


 彼はその場で座り込んだ。軋むほど力んでいた全身が急速にリラックスし始める。深呼吸をし、サイドポーチを撫でる。夢じゃ無い。これはヴィドが作って雨木に与えた物。中を開けば、凪が持たせてくれたポーション、アドニスから作られたナイフ。就活の時に使っていたメモ帳。落ち着いて考えれば現実であることは明白だった。


「全然休めてない休日だ。だけどー」


 雨木透はどんな人だったか。やらなければならない事ならやるし、逃げなきゃいけない場合は迷いなく逃げる。年相応に異性が気になるし、新しい事に目移りする。雨が降ってもしっかりと根を張って耐える木のように、どんな事があっても透過するように進んでいく。どこかでずっとこんな生活を望んでいた。楽しいんだ。だから例え、もし夢であったとしてもー


「楽しい冒険の始まりだ、エリム……!」


 雨木は凪から貰っていたポーションを飲み干す。相変わらず腐った生ゴミに犬の糞尿でもかけたような味だが、雨木は躊躇わずに飲んだ。流石にその場で吐きそうになるがなんとか耐えると体の調子も良くなり始めた。耳を澄まし、体内の魔力の感知力を上げれば警官がどの距離にいるのかも大体把握する事ができる。この世で魔力が無い存在は居ないのだ。彼は元々魔力が無かった。だから海斗以上に自分に無いものを探す力は長けていた。


「行ける」


  体力と思考が戻った雨木はほとんど音を鳴らす事なく、警官達を掻い潜ってその場から脱出することに成功した。声が聞こえている。そして誰にも見つからないように現場から離れながら、雨木は海斗のこれまでの行動を思い浮かべていた。


 いつでも飄々とした態度で雨木に接していた友人の考えは、雨木に影響をもたらす事は珍しい事じゃなかった。今回の件では海斗は、他人に一部を任せてしまった事で失敗していた。自らの限界以上の事をするために、頼らざるを得なかった。現世に戻った雨木が自分ができる限界は何か。ただ帰るのではないのだ。一つだけあった。それを調べるために雨木はとある場所に立ち寄ることにした。もしかしたら帰れなくなるかもしれない。だけど、彼はいつも賭けが好きだった。例え負けても、動じることは無かった。


「随分と来るのは久しぶりだな。コーラでも飲んでいくか〜」


 彼が立ち寄ったのはネットカフェだった。リックが呼び戻した記憶の中で、空の魔女に関するたった一つの情報を探るためだった。どこかのビル、その中にいた空の魔女と思わしき人物。場所を特定できないかと考えていた。記憶の場所を必死に思い浮かび、見えていた全てを記載した情報をネットの掲示板に載せる。


「これもある種の魔術だよな」


 多くの情報が掲示板に集まり始めた。推測ばかりだが、段々と的が絞れてくる。久方ぶりのコーラを飲みながら出てきた情報をメモに殴り書きにする。一時間ほど滞在したのち掲示板で友人がこの役割を引き継ぐと記載して、残りの現金で何とか支払いを済ませて店を出た。場所は日本のいくつかに絞れていた。そのうち最も近い場所は少し遠いが決して行けない場所ではなかった。


 エリムが空の魔女に何をされたのかは知らない。自分も空の魔女の事を知りたい。でもそれ以上に、自分のために動いてくれていた琴吹郵便局の人達に胸を張って生きたい。雨木は頬を叩き、自分の足で目的地へと走り出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ